【結論】旧学説の欠陥を認識し、新たな原子力安全を確立すべき時

 
 改めてこの稿をまとめよう。第一に炉心溶融・水素爆発は阻止しうる、第二にベントの活用で線量率を避難勧告値以下に押さえうる、第三に事故時の被爆はベントで安全確保されるため、将来の原子力発電所は格納容器を必要としなくなる―――である。最初の2つは福島事故が教える新事実であり、3つ目は新事実が示唆する原子力の将来展望である。安全の考え方が進歩すれば、発電所の設計が変わるのは当然であろう。

 だが、このような新しい学説が、即座に世間に受け入れられることはない。その最大の理由は、原子力関係者のほぼ全てが、「炉心溶融は崩壊熱によって起きる」という、従来からの学説を信じているからにほかならない。しかし従来の学説は、事故以来7年半も経つのに、3基もの炉心溶融・水素爆発が起きた福島事故全体を、合理的に説明できていない。学説のどこかに欠陥があるからだ。

 その欠陥とは、崩壊熱の早急な減少と化学反応の激しい大量発熱の事実を見逃した点だ。福島事故で最も早く炉心が溶融した1号機の時刻は、停止後丸1日経った後である。その時点での崩壊熱の大きさは、1%以下の小さな発熱に下がっている。炉心を融かす力などない。

 旧学説の失敗は、化学反応の発熱の激しさを失念して、高温の炉心に冷水を注いで炉心を溶融させた。新学説は燃料棒を徐冷する事で化学反応を防止でき、炉心溶融が起きないことを明確にした。同じ軽水炉でも、正しく使えば安全性は向上する。新学説を伝えて、軽水炉の安全啓蒙に務めるべきだろう。
 

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 僕は今年84才となる。拙著を出版できたことは望外の幸運であった。後は賢明な若者達に任せてと考えていた。だが、事故から7年半経った今日でも、新学説による安全啓蒙の動きはまだ見えない。これは、日本のみならず、世界全体にとっても大きな損失だ。

 新学説による原子炉の安全向上を世に伝えるのが、その事に気付いた者の務めではないかと気付いた。そのためには、炉心溶融は「崩壊熱」で起きるのはなく「被覆管と冷水との化学反応」で起きるという新事実を広く伝え、新しい安全を知ってもらうことが第一である。だが、この仕事ですら、老骨一人ではなし得るような生易しいものではない。

 読者の中に、僕の決心に賛同して下さる方がおられたならば、協力をお願いしたいと思っている。在来学説の誤りをただし、新学説を啓蒙することに必要な今後の手立てについて話し合いたいと考えている。

 


 

石川迪夫氏の『考証 福島原子力事故ー炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』増補改訂版出版を記念し、今年5月から開始した「福島原子力事故を読み解く」は今回で終了します。ご愛読ありがとうございました。

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