「料金の最大限抑制」果たされず

 
 ロシアのウクライナ侵攻による燃料価格の高騰や卸電力価格の高止まり、円安の進行などを受け、電力各社の経営は大きなダメージを受けている。「逆ざや」に陥った電力各社が、特別高圧・高圧での新規受け付けを停止し、「電力難民」が最終保障供給に流れるという制度のゆがみも生まれた。特高・高圧の受け付け再開に向け、沖縄を除く大手電力9社は、標準メニューの見直しを表明。電力システム改革で政府が目指した「電気料金の最大限の抑制」という政策目的が果たせたとは言いがたい状況に陥った。

(編集委員・浜 義人、稻本 登史彦)
 

燃料高など外的要因への耐性低下

 
 現在の電力システム改革は、政府が2013年4月に閣議決定した方針に沿って形作られた。東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故を契機に、従来のエネルギー政策を「ゼロベース」で見直し、再構築すると表明。目指すべき方向性として(1)安定供給の確保(2)電気料金の最大限の抑制(3)需要家の選択肢や事業者の事業機会の拡大――の3つを打ち出した。

 政府は、安定供給を重視するとしつつ、メリットオーダーの徹底による「発電投資の適正化」や「競争の促進」などによって、電気料金の抑制を図ろうとした。だが、再生可能エネルギーの両輪となる安定した火力電源は採算性の悪化や、非効率石炭火力のフェードアウト方針、事業者による経営判断などで退出が相次いだ。供給安定性、環境適合性、経済効率性の「3つのE」をバランスさせるというエネルギー政策の基本から外れた政策が招いた結果だろう。

 安定供給と環境適合の要となる原子力再稼働は、原子力規制委員会の判断に委ねられた。13年の新規制基準施行時点で関西電力大飯発電所3、4号機が運転を継続しており、運転しながら審査を受けても問題はないはずだった。しかし規制委は、新基準に適合しなければ「運転再開の前提条件を満たさないと判断する」と整理。再稼働が遅れている原因の根幹にはこの合理性を欠く判断がある。

 政府は「規制委によって安全性が確認された原子力発電所の再稼働を進める」ことを「方針」としているが、規制委をハンドリングできない仕組みを取り入れたことで、安価で安定的な電力供給の責任を果たしにくくなった。

 原子力による発電電力量が少ないバランスの欠いた電力供給構造は、燃料価格の高騰、猛暑や厳寒、自然災害など様々な外的要因に対するストレス耐性を低下させた。その代償は電気料金の高騰や真夏の節電など需要家が負っている。
 

700者超が小売参入も長期的視野持てぬ市場

 
 電力システム改革によって小売電気事業者の数は700者を突破し、多様な料金メニューが提示されたことで、需要家の選択肢は広がった。だが、安定供給と電気料金の抑制が、思惑通りに実現されたかには疑問符がつく。

 閣議決定された改革方針には「参考資料」が付された。そこには「将来必要な電源の確保」に向けて、小売事業者に課す供給力確保義務が役割を果たすことに期待する文言が明記された。義務を課すことで「小売事業者からの要請に応じて発電事業者が建設する仕組み」という期待だ。しかし、大手電力系新電力を含む多くの小売事業者は自らの電源を持たず、卸市場からの調達に依存した。 

 限界費用で供出される卸価格は低迷し、電源を持たない事業者は潤った。容量市場の導入は遅れ、適正な投資回収が保証されない電源は淘汰されていった。原子力の再稼働が遅れる中で、供給力が目減りしていくリスクは顧みられなかった。

 その後、事業環境の激変によって卸価格は高止まりし、小売価格より高値での仕入れを迫られた新電力は撤退や廃止に追い込まれ、大手電力は特高・高圧の受け付けを停止した。大手電力系新電力も火の車となり母体の経営を圧迫。グループ内で遠心力が働いて価格競争に走り、調達価格が急騰すると、急いでリバランスに走った。長期的視野を持たず、大手電力、新電力が安易な価格競争に走った結果、需要家は供給元を失い、右往左往することになった。

 需要家に対する情報提供の在り方も課題になった。良い情報だけを与えられ、リスクを考慮しないで安値に飛びついた需要家は大きな代償を払うことになった。国は、自由化の端的な成果となるスイッチング率の向上や、小売電気事業者の増加に躍起となり、事業者選択に必要となる知識を提供する需要家教育はほとんどみられなかった。

 「需要家の選択肢や事業者の事業機会を拡大する」という政策目的は、新規プレーヤーを増やした点で一時的には機能したようにもみえる。しかし今、需要家の選択肢は絞られ「電力難民」とさえいわれる状況を生み出している。
 

「持続可能なシステム」へ制度見直し議論

 
 今年に入り、ウクライナ危機で燃料調達環境は一変した。円安が進み、原子力の再稼働も進まない。卸電力価格高騰はもはや常態化しつつある。

 最終保障供給に関しては「しっかり制度設計の議論がされたのか」(エネルギー関係者)という指摘もある。これほどの活用を政府は想定しておらず、供給価格や供給主体についての議論が不十分で、合理的な制度とは言いがたい。供給主体を小売電気事業者や第三者とすることも視野に入れて、小売価格よりも安い状況を早急に是正してモラルハザードをただす必要がある。

 電力各社は自由化部門の値上げや燃料費調整の上限撤廃を表明したが、最近の世界情勢を見ると致し方ない経営判断だろう。事業者の財務体質がこれ以上悪化すれば、安定供給に必要な資金調達もままならなくなる。

 規制部門の燃調上限も、基準燃料価格比1.5倍という値を見直したり、基準燃料価格を足元の状況に即して機動的に見直したりできるルール整備が求められる。

 電力市場の見直しは今も続いているが、見失ってはならないのは供給力と価格の安定性、外部要因に対して耐性のある「持続可能な電力システム」とはどのようなものかという視点だ。

 震災後の改革を巡る制度設計の議論では、審議会委員から電力会社が排除されてきたが、政府のGX実行会議には中部電力の勝野哲会長が正規委員として加わるなど、潮目に変化の兆しがある。これを契機として、大手電力も、脱炭素化、エネルギー安全保障、安定供給などを両立するという難しい連立方程式を解く努力を惜しまずに、エネルギーのプロとして積極的に提言していく姿勢が求められる。

電気新聞2022年8月9日