東京電力パワーグリッド副社長 岡本浩氏
慶応大学環境情報学部教授 安宅和人氏

 
 

グリッドで理解する電力システム
岡本氏の最新刊『グリッドで理解する電力システム』。安宅氏との対談全文も収録

 再生可能エネルギー導入拡大に伴う系統制約、大規模災害を背景とした電力レジリエンス向上への要請、電力システム改革の進展と電力ビジネスの多様化……。電力系統のあり方に、かつてない関心が集まっている。価値ある日本の未来を創る、次代のエネルギーインフラの姿とは――? 近著『シン・ニホン』で日本再生へのロードマップを産業・インフラ、教育などあらゆる角度から示し大きな反響を呼んだ安宅和人氏(慶応大学環境情報学部教授、ヤフー最高戦略責任者)と、同書の読者であり日本の電力系統を実務の最前線で見つめてきた東京電力パワーグリッド(PG)副社長・岡本浩氏の対談がこのほど実現。電力系統、そしてエネルギーシステムの将来像が深く語られた。
 
安宅 和人氏(あたか・かずと)
慶応大学環境情報学部教授 ヤフー最高戦略責任者
マッキンゼーを経て、2008年よりヤフー、12年より現職(現兼務)。16年より慶応大学環境情報学部で講師を務め、18年9月より現職。イェール大学脳神経科学PhD。近著に『シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成』(NewsPicksパブリッシング)。
 
岡本 浩氏(おかもと・ひろし)
東京電力パワーグリッド取締役副社長
1993年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、東京電力入社。主に電力系統に関わる技術開発や実務に携わる。同社常務執行役経営技術戦略研究所長を経て、2017年より現職。
 

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安宅氏 電気事業の変革に注目

岡本氏 「分散」「脱炭素化」が鍵

 

岡本氏

 岡本 「ビッグデータと人工知能(AI)の活用が社会に指数関数的な変化をもたらしている」など、『シン・ニホン』で描かれている未来像と、今まさに電気事業で起きていることには、重なる部分が相当あると感じました。社会・経済という大きなシステムの姿が変われば、その基盤となるエネルギーシステムも変わるし、その逆もあり得ます。ちょうど今、そうした変革が大きく動き出している。

 安宅 「Utility3.0」という表現で、まさにそのあたりの電気事業や社会の変化について提言されていますね。

 岡本 最近は技術革新そのものが電気事業を変え始めています。核心となるのは「分散」と「結合」です。太陽光発電や蓄電池などの分散型エネルギーシステムの性能が、技術革新によって大きく向上し、加えてIoT(モノのインターネット)を活用した新しいサービスが分散システム側に入り始めています。従来の大規模システムによる一方向の送電から、需要家側の分散システムと大規模システムとの双方向の電気の流れにシフトしつつあります。

 安宅 なるほど。

 岡本 もう一つのキーワードは「脱炭素化」でしょう。電気は消費する際に二酸化炭素(CO2)を排出しないため、自動車や工場を含めた「電化シフト」が進むことが予想されます。再生可能エネルギーのコストが安くなれば、その動きはますます加速しそうです。
 電気自動車(EV)が「電池を運ぶ」「電気をためる」機能を果たし、さらには交通システムと電力系統が融合する将来像が想定されます。交通も電力も混雑制御という問題が起こってきますが、そこはまさに『シン・ニホン』で描かれている「データ×AI」化による課題解決に重なってくるわけです。
 2050年に向けていろいろな種が仕込まれていますが、試算では30年頃を超えると相当激しい変化が訪れるようなイメージですね。
 

安宅氏 電力データ×AI期待

岡本氏 送配電の重要な役割へ

 

安宅氏

 安宅 通信業界も大きく変化してきましたが、電気事業の変化も相当ですね。「電気の流れが双方向に」という話はインターネットメディアでのSNS(会員制交流サイト)台頭に似ています。消費者がジェネレーター(生成者)になるという、メディアにとっての根本変容でしたから。

 岡本 電気事業でも消費者の「プロシューマー化」が進んでいます。例えば太陽光発電とEVを、情報デバイスによって発電・消費制御するものです。そうした試みがあって初めて、「プラットフォームとしての送配電」と発電・小売とを分割(発送電分離)した意味が出てくるように思います。

 安宅 ただ、同じプラットフォーマーとはいえ、途方もない力を手にしたフェイスブックなどとは少し違うかもしれません。彼らは「個人」と「場面」を深く特定するマーケティング効果が非常に高いことが力の源泉ですが、電力は「供給の安定性」の差こそあれ、基本的に同じものを提供していますよね。

 岡本 確かにお客さまに届く電気の品質はどれも同じなので、究極のコモディティといえるかもしれません。一方で燃料や電力消費量の違いによってCO2排出が増減するなど、「電気」ならではの価値を提供できる側面もあるかなと思います。

 安宅 それにしても電力システムは「データ×AI」化と非常に相性が良さそうです。新ビジネスへの期待もありますし、電力使用量のデータ活用は相当進んでいるのでしょうか。

 岡本 まさに業界大でさまざまな試みが始まっているところです。これからの送配電事業者は、「ネットワークの建設と保守・保安を通じ、お客さまに安定的に電気をお届けする」という従来の業務に加えて、電力データを管理し適切に開示することも、本業としての役割になると考えています。新ビジネス創出に向けた発電・小売側での自由な発想を妨げないためにも重要です。そのプラットフォームとしての基盤づくりが今後、送配電側の仕事に付加されていくと考えます。
 

14万部を突破した安宅氏の著書『シン・ニホン』

安宅氏 残すに値する社会築く

岡本氏 若い世代の活躍が希望

 
 安宅 エネルギーは考えれば考えるほど面白い。今後データセンターの電力消費量が急増する予測もあり、エッジコンピューティングとしてのスマートフォンの電力消費も増え続けます。これからも世の中は指数関数的な変化が起き続け、しかも地球温暖化対策は待ったなしで、災害激甚化の問題もある。「残すに値する未来」を日々考えながら生きていますが、「あの人たちが這うように種をまいてくれたおかげでこうなった」と、未来の世代が明るく2100年を迎えられるように仕掛け続けなければなりません。

 岡本 エネルギー事業者として明るい未来に舵を取るべくがんばっていきたいと思います。あとは課題をどのようにブレークスルーしていくかなどを考えたりしていると、結局は「人」の問題に帰着すると感じています。若い世代には、是非がんばってもらいたいですね。
 

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 両氏の話題はこのほか、エネルギー分野におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)とエネルギー業界の未来の姿、ウィズコロナ時代の「オフグリッド」な電力供給など、多方面へ展開。さらに「残すに値する未来(安宅氏)」を築くためにエネルギー分野でいま何をなすべきか、熱い議論が交わされた。
 


 
 電気新聞では、岡本浩氏が電力系統の成り立ちとその仕組み、エネルギーシステムの将来像を示した書籍『グリッドで理解する電力システム』を2020年12月21日に発行します。この対談は同書内の企画より一部抜粋・再構成して掲載しました。

電気新聞2020年12月7日