◇先端研究の社会実装へ課題抽出/「想定困難なニーズ」どこに

 日本の産業界が米国・中国をはじめとするライバルに対抗できる先端研究の成果と社会への実装を求めて久しいのは言うまでもない。エネルギーの世界で言えばカーボンニュートラルを実現する水素やアンモニアの大量利用、DACS/CCSのようなCO2固定化技術をはじめ「研究室ではほぼ実現しているが、このままではとても社会で実装されないもの」がそれに当たる。Beyond5Gと呼ばれる先端情報通信技術にもまったく同じ研究と社会実装の間の「壁」があり、それを打ち破るには研究の「見える化」、社会ニーズの掘り起こしや最初の使い手へのつなぎ込みといった先端研究独特のアーキテクチャー(社会に実現するための知識活動の構造)がある。

 2020年に日本政府がカーボンニュートラル2050をある意味唐突に掲げ、22年により包括化かつ具体化したGX推進に進化して以降、たくさんの企業や研究者が前にも増していわゆる「フロンティア領域」の脱炭素技術に取り組んでいる。

コア検討会の様子

 ◇「壁」の突破に悩み

 火力技術の生き残りがかかる水素社会の実現、再生可能エネルギーの大規模利用のための疑似慣性インバーター、EV(電気自動車)転換の切り札である固体電池等が代表的だが、これらに共通した特徴は「研究室や実験室の中ではそれなりに実現しているが、実際に社会に実装されるには途方もない壁がある」という点である。この「壁」を突破するための鍵は何か、多くの関係者が悩んでいるわけだが、今回の連載はそのヒントを全く異分野の次世代高度情報通信分野の研究から得ようとするものである。

 総務省の関連団体である情報通信研究機構(NICT)では23年度から次世代高度情報通信技術であるBeyond5Gの研究案件を対象とした社会実装プロジェクトをスタートしている。これは70件以上が採択されているBeyond5Gの研究開発案件の中から、社会実装に向けた大きなポテンシャルのあるもの、あるいは社会実装に向けた支援が必要と思われるものを選び出し、研究支援手法がどうあるべきか調査・実行するプロジェクトである。

 筆者はアドバイザー(エグゼクティブメンバー)として当初からこのプロジェクトに参加し、他のメンバーとともに様々な研究者と対話し、支援を検討してきたが、その中でこうした先端研究に共通する重要な要素が見えてきた。代表的なものは以下の3つである。

 (1)研究者はその研究案件の社会の中での意義、可能性について必ずしも理解していない(2)研究者自身の知見や人脈では十分社会実装につながる情報を集めることはできない(3)社会に先端研究を導入するための最初のユーザー(スーパーアーリー・アダプター)はほとんどの場合、当初研究者が想定したものとは異なっているか接触できない環境にある――。

 (1)について、研究者は研究プロジェクトの公募や予算条件を見て、自身の研究から採択につながりそうな研究内容を構成するので、その時点で「社会の中でどう製品・サービス化するか」は明確に想定されていない。特に先端研究はビジネス化(上場)する前提でファンドマネジャーが評価するような種類のものよりも手前にあるので、想定は著しく困難となる。

 次に(2)について、通常の研究者は自身の研究の周辺・同分野の研究者や企業とは豊富な情報ネットワークを持っているものの、先端研究と社会の間の「壁」はそのつながりとは違う角度・特性を持つ業界や個別企業、組織なので、その潜在ニーズをつかむことは不可能である。

 ◇かけ離れた場所に

 さらに(3)は(1)と(2)の応用であり、社会実装に向けて最初に市場を拡張するユーザー(マーケティングでいうアーリー・アダプター)、いわばスーパーアーリー・アダプターは当の研究者とはるかに離れた場所にいると考えられる。

 これらの課題はどう解決可能なのだろうか。次回以降Beyond5G社会実装プロジェクトの活動から手法を紹介したい。

電気新聞2024年3月4日