◇利用者増加も苦難の前半戦/目玉サービス いまだ限定的

 2009年から始まった5G(第5世代移動通信方式)は、いまや10億人以上が利用している。4G/LTE普及時よりも2年早く大台に乗せ、27年には約60億人に達し、世界中の人が利用する。来年からは、より高度な5Gアドバンスド規格の整備が欧米で動き出す。LTEより100倍速いと鳴り物入りで登場した5Gだが、ふたを開けてみれば超高速サービスはごく一部。場所によってはLTEも5Gも変わらない――。一見すると「5Gは大成功」とも見えるが、携帯事業者の顔色はさえないままだ。

 携帯電話は、約50年かけて5G(第5世代)にたどり着いた。それは紆余(うよ)曲折の嵐で、業界ではチックタック(tick―tack)伝説と呼ばれている。


 
 ◇成功失敗繰り返し

 80年代「アナログムーバ」に始まる第1世代は、自動車に積むサイズ。その後、ショルダー・ケースのサイズまで小さくなったものの料金は高く、簡単に傍受でき、「成功」からは程遠かった。

 一方、1993年に登場した2Gは違った。アナログからデジタルに脱皮して、端末が小さくなり、傍受もできない。電波を効率よく利用できるため、多くの人が同時に利用できて料金も安くなった。最初の携帯ブームが巻き起こった。

 2000年代の3Gは、電子メールやブラウザー閲覧が速くなったものの、端末価格は高くなった。欧米では電波割り当てを競売で行ったため免許料が高騰し、欧州では設備投資が進まなかった。もし、アップル社がiPhoneモバイル・アプリを2008年に発表しなければ3Gは大失敗していただろう。そして迎えた4G/LTEは、モバイル・クラウド時代の主役となって通信業界を潤した。

 こうして時計の振り子が「チックタック」と拍子を刻むように、携帯業界は失敗と成功を10年ごとに繰り返している。

 チックタック伝説が正しければ、今回は「失敗の10年」に当たる。約4年がたった5Gを振り返ると「100倍速い」「仮想現実/拡張現実(VR/AR)」「ロボット遠隔操縦」など、目玉サービスは何ひとつ実現していない。実際に、LTEから5Gに端末を切り替えて「世界が変わった」と実感するユーザーは皆無だろう。

 すこし専門的な話をすれば、5Gは過去と似た周波数の失敗を繰り返している。スピードを100倍にするため、ギガヘルツという高い周波数(俗称・ハイバンド)に手を出した点だ。

 ハイバンドは今のところ500メートルしか届かない。従来の5キロメートル、10キロメートルに比べ極端に短く、しかも物陰には届かない。雨にも弱い。電柱5本か10本ごとにアンテナを設置しなければ、100倍の高速サービスなんて実現できない。この高密度網に手を出した欧米事業者は、みな巨額設備投資で業績を悪化させた。

 端末開発も足を引っ張る。仮想拡張現実にはスマート・グラス端末が必要だが、携帯網で使えるものは存在しない。ロボット遠隔操縦は、小型分散データセンターというエッジ・コンピューティングが必要だ。これも携帯事業者の財務を圧迫し、民間企業のアプリケーション開発も低調となっている。コロナ禍や空前のインフレで消費者がスマホを買い控えたことも、これに追い打ちを掛けた。

 ◇普及への追い風も

 いま、欧米日韓の携帯事業者を見回しても、5Gで躍進したのは、米ティーモバイルUS社ぐらいだろう。皮肉だが、同社は高密度ネットワークにもエッジ・コンピューターにも手を出さなかったのが幸いした。加入者で世界最大の中国とて、5Gサービスや端末開発には成功していない。スコアボードを見ると、5G前半戦は惨敗だ。

 とはいえ、最大の成功を収めた4G/LTEのように、後半戦で大逆転を期待したい。今回もアップルが期待の星で、先週5日には超高性能のAR/VRグラス「アップルビジョンプロ」を24年にも発売すると発表した。人手不足を背景に欧米のロボット業界は久しぶりに盛況で、5Gへの追い風が吹き始めている。ゲームは後半戦から面白くなりそうだ。

 次回は、携帯事業者がクラウド事業者に脱皮する「壮大なデジタル・トランスフォーメーション」を紹介しよう。

電気新聞2023年6月12日