脱炭素をテーマに様々な観点からの意見交換を行った(写真は第1部)

 
 電気新聞は5月20日、書籍『カーボンニュートラル2050アウトルック』の出版を記念したセミナーをCIC Tokyo(東京都港区)で開催した。2050年のカーボンニュートラルと脱炭素社会の実現に向けたイノベーションについて、書籍の執筆者を含む12人が対談やパネル討論を実施。当日は現地とオンラインで約400人が参加した。
 

 

 

対談 カーボンニュートラルとイノベーション、これからの世界


あらゆる技術の総動員を 社会に広げる仕組みが課題

 

山地 憲治氏

 第1部では、書籍を監修した山地憲治・地球環境産業技術研究機構(RITE)理事長・研究所長、総合コーディネーターを務めた西村陽・大阪大学大学院工学研究科招聘教授が書籍のコンセプトや足元のエネルギー情勢をテーマに対談した。間庭正弘・電気新聞新聞部長が司会を務めた。

 まずは、山地氏がカーボンニュートラルの定義や必要となる要素技術を解説。「50年に温室効果ガス排出量実質ゼロ」の実現に向けては「あらゆる技術・手段を総動員しなければならない」と強調した。具体策としては、エネルギー供給側におけるカーボンフリーの電源・燃料・熱源の導入に加え、電化とデジタル技術によるエネルギー消費の節約、蓄電池などを活用した電力需給マッチング、さらには化石燃料由来でないバイオ素材の活用といった取り組みが必要になるとした。

西村 陽氏

 西村氏は書籍について「カーボンニュートラルの技術総覧であり、技術の時間軸も明確にした。(脱炭素に向けた)イノベーションの創出に向けては、主力産業とスタートアップのコラボレーションが大事だということも紹介している」と話した。

 山地氏はウクライナ危機がエネルギー政策に与えた影響にも言及。「近年は『S+3E』の中で環境適合性のEが少し重視されすぎていたが、ロシア軍の侵攻でエネルギー安全保障のEの重要性が再認識された」と話した。西村氏は電力価格の上昇について「大変だが、電力の新しいサービスを生み出すための大きなチャンスでもある」と述べた。

 生み出されたイノベーションを軌道に乗せることの重要性も話題になり、山地氏は「ビジネスに組み込んでファイナンスで支えることが必要」、西村氏は「日本ではイノベーションは起きるだろうが、その後に社会に広げる仕組みが試される」と語った。

 

セッション1 脱炭素スタートアップの隆盛期をどう創るか?


スタートアップにとって「時間は命」配慮して

 
 第2部は3つのセッションに分け、各セッションでパネル討論を実施した。西村氏が司会、山地氏がコメンテーターを務めた。

出馬 弘昭氏

 1つ目のセッションでは、出馬弘昭・東北電力事業創出部門アドバイザー、齊藤三希子・スマートアグリ・リレーションズ社長執行役員、竹内純子・U3イノベーションズ共同代表が登壇。脱炭素に取り組むスタートアップを成長に導くためのビジョンなどについて意見を交わした。

 出馬氏はシリコンバレーでビジネス開発に携わった自身の経験を踏まえつつ、クリーンテックと呼ばれる脱炭素系スタートアップの現状を解説。世界には約2万7千社のクリーンテックがある中で日本企業が占める割合は0.7%に過ぎないとし、起爆剤としての政府系クリーンテックの創出に期待を示した。

齊藤 三希子氏

 齊藤氏は、非食用のコメを使ったバイオマスプラスチック樹脂を製造するスタートアップ、バイオマスレジングループの取り組みを紹介。今後もエネルギーと資源の循環利用を推進したいとの意気込みを語った。バイオ分野における日本のスタートアップの課題としては、バイオマス製品の原料調達が海外に依存しがちな点を挙げた。

竹内 純子氏

 スタートアップと協業し「Utility3.0」の世界の実現を目指すU3イノベーションズの竹内氏は「ゼロから1を生むには新しいプレーヤーが必要だ」と強調。一方、大企業のベンチャー投資は重要であり活性化もしているが、いくつかの悪癖も目に付くとし、大企業とスタートアップでは体力が違うこと、スタートアップにとって「時間は命」であることなどに気を配るべきだと指摘した。

 

セッション2 GXには電力システムとモビリティー、行動変容の連動が必要だ!


シェアリングビジネスの豊かな可能性

 

太田 豊氏

 第2部のセッション2では、太田豊・大阪大学大学院工学研究科特任教授、石田文章・関西電力研究開発室技術研究所先進技術研究室主席研究員、志村雄一郎・三菱総合研究所サステナビリティ本部主席研究員が討議。カーボンニュートラル実現に向けたモビリティー分野への期待や課題を共有した。

 太田氏は運輸部門のカーボンニュートラルに向けては(1)EVコンシェルジュ・サービス(2)EVを核としたスマートシティー(3)自動運転とシェアリング――の観点が重要になると説明。このうち(1)では、EV転換に伴う心配事への対応、自動車業界と電力業界のデータ連携による充電インフラの戦略的設置などが鍵になるとした。

石田 文章氏

 石田氏はシェアリングがもたらす効果について解説。モノをシェアするシェアリングビジネスは「人々が環境配慮型の製品やサービスを無意識で利用する」効果を生むもので、EVのシェアリングについても、カーボンニュートラルに貢献できるポテンシャルが非常に大きいとの考えを示した。

志村 雄一郎氏

 志村氏はEV蓄電池を走行以外の用途に活用するサービス創出に期待を示しつつ、日本の普通充電器ではEV側の情報が得られないことを問題として提起。自動車会社が収集したEV側のデータを、各種エネルギーサービスを提供するアグリゲーターへとスムーズに提供できる仕組みを整備する必要があるとした。

 EVと電力システムの情報連携については、EV側から出せるデータと出せないデータの区分け、セキュリティー確保の考え方も重要だとの指摘があった。

 

セッション3 エネルギーの脱炭素イノベーションのカギを語る


自給率向上へヒートポンプ利用拡大を

 

浅野 浩志氏

 第2部の最終セッションでは、浅野浩志・東京工業大学ゼロカーボンエネルギー研究所特任教授、塩沢文朗・元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター、岡村修・電気事業連合会理事・事務局長代理の3氏が登壇。エネルギー需給の脱炭素化に向けた展望や課題を語り合った。

 浅野氏はエネルギー産業について、供給側・需要側のあらゆる技術を時間軸やコストを考慮して組み合わせることが大事だと強調。その上で、エネルギー危機などが生じた場合にはポートフォリオを柔軟に組み替えられるようにすべきとした。今後の課題としては、事業性のある水素エネルギーキャリアの輸送・貯蔵ネットワーク構築を挙げた。

塩沢 文朗氏

 塩沢氏は「電源や原燃料の脱炭素化を考えたとき、日本には再エネ資源や二酸化炭素回収・貯留(CCS)の余地があまりありそうもない」との見解を示した。

 脱炭素燃料である水素については、高い輸送・貯蔵コストの問題が付きまとうと指摘。島国である日本では、水素エネルギーキャリアで火力発電所の燃料としても利用できるアンモニアが先行すると展望した。

岡村 修氏

 岡村氏は脱炭素化技術の一つであるヒートポンプについて「くみ上げた熱は太陽由来の国産の再生可能エネルギーであり、エネルギー自給率の向上につながる現実的な選択肢」とし、ヒートポンプへの熱源転換が進むことに期待を示した。原子力については「3E」の観点からも重要であり、短期の安定供給のみならず、中長期的な脱炭素トランジションに向けてしっかり稼働させていく必要があるとした。

 


視聴者アンケートで寄せられた質問への回答

アンモニア燃料ガスタービン、開発着々と


 
 質問 クリーンテックの成果は累計でどの程度か。期待は高まっているが、どの程度伸びるか。

 回答・出馬氏 グローバルクリーンテックのM&A(企業の合併・買収)やIPO(新規株式公開)は、過去20年間で数百件あります。シェルによる蓄電池システムのSonnen買収などがその例です。テスラは最大の成功事例で、シリコンバレーの投資家は次のテスラを探しています。クリーンテックブームはいまも続いており、投資額は22年第1四半期に四半期ベースで初の20億㌦超えとなりました。

 質問 「アンモニアはガス火力の脱炭素化にも使える」という話があったが、もう少し聞いてみたい。

 回答・塩沢氏 アンモニアを燃料とするガスタービンの開発は現に進められています。既にSIP「エネルギーキャリア」で、アンモニア20%を混焼するガスタービンが実証されました。IHIは2000㌔㍗、三菱重工業は4万㌔㍗のアンモニア専焼ガスタービンを25年頃を目途に開発中です。さらに三菱重工は、水素専焼のガスタービンとその排熱によりアンモニアを水素に分解するシステムを開発中で、これらの組み合わせにより、アンモニアを燃料とする数十万㌔㍗のガスタービンシステムが完成します。

 

 
電気新聞2022年6月20日