1973年の第1次オイルショック以降、日本は石油依存からの脱却を目指し、LNGや海外炭の導入を進めると同時に、原子力発電の開発を推進した。政府は、立地地域の理解促進に向けた「電源三法」を制定するなど、原子力発電の「国策民営」方針を堅持。スリーマイル島(TMI)やチョルノービリ(チェルノブイリ)原子力発電所の事故、国内原子力のトラブル、不祥事など、幾度かの逆風に見舞われながらも、2000年代には原子力業界全体が「原子力ルネッサンス」に沸いた。
>>電子版を1カ月無料でお試し!! 試読キャンペーンはこちらから
>>この記事の続きは『電気新聞』本紙または『電気新聞デジタル』でお読みください