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 どんなことにも光と影があるが、IoT(モノのインターネット)も例外ではない。中でも筆者が注目しているのは、IoTの安全の問題である。この場合の安全とは、サイバーセキュリティー(ハッキングなどのIT的問題)ではなく、人身の安全や機械の安全といった、Safety(安全)とでも呼ぶべき事柄を指す。
 
図_脅威の回避例_4c
 

クラウド上に関所を設け、可否を判定

 

 筆者は、IoTがユーザーの身体・財産の安全などを脅かす問題を「IoT由来の脅威」と呼んでいる。例としては、「緊急地震速報を受信すると、玄関ドアの鍵を開け、また、安全確保のために照明をつける」というIoTシステムが、「居住者が留守なのに、緊急地震速報を受信したので鍵が開き、まんまと泥棒に入られ金品を盗まれた」などである。このようなものを「リスクシナリオ」と呼ぶ。この問題は、アプリケーション、コネクテッド(Connected)化されたモノなど、それぞれは設計された通り正常に動いているのに、ユーザーにとっては不都合なことが起きる、というのが特徴である。また、アプリケーションや鍵といった構成要素を作った企業が別々だった場合、誰に責任があるのか特定できないという問題も起こる。

 東京大学生産技術研究所では、IoT由来の脅威への対策例として、「関所」と呼ぶ仕掛けをクラウド上に作り、COMMAハウスという実験用ハウスの設備連携動作を、この関所が可否判定するというPoC経験を有する。この関所の動作は、先の例でいえば、人感センサーなどによって在宅状態が確認できる場合に限り、アプリケーションによる鍵の解錠を許可するというものである。
 

リアルなIoT由来の脅威を防ぐには?

 
 安全の問題は他にもある。筆者は、はやりのAI(人工知能)スピーカーで介護ベッドの背もたれを上げる簡単な実験システムを組んでみた。AIスピーカーに決められたセリフを投げ掛けると、あらかじめ決めた位置まで背もたれを上げるというものである。介護ベッドは、ベッド横の柵に手などが挟まれる事故を防ぐため、柵の幅などについて細かな基準がある。そして、リモコンから手を離せば動作は直ちに停止する。

 しかし、筆者の組んだ実験システムは、たとえ何かが挟まっても、プリセットされた位置まで、背もたれが上がってしまうのである。もし、タオルなどが首に巻き付いて、それがマットレスと柵の間に挟まったら、多分事故になるであろう。

図_安全機能_4c

 AIスピーカーを使って、介護ベッドをボイスコントロール化することはITリテラシーが高い者なら比較的たやすい。しかし、それによって、失ってしまった機能があるかもしれないことは十分に点検する必要がある。特にIoTでは、実際にモノが動くため、けがや破損といったリアルな被害が発生しかねない。いわばIoTの影の部分で、これが「IoT由来の脅威」である。

 先に、クラウド上に構築した関所の話をした。しかし、介護ベッドの例では、反応速度などからクラウド上に設ける対策では不十分であろう。すなわち、IoTでは、実空間(モノ)と仮想空間(クラウド)にどのように安全機能を配置するかは、大きなテーマになる。

 高齢化が進み、介護する側の人手不足が確実視されている我が国では、介護の一部は今後機械に置き換えざるを得ないと考えられる。その際、IoTは重要な解決策になる。そのためにも、損害保険の可能性などまでも含めた、IoTの安全に関する幅広い検討は大変重要である。

 末筆ながら、4回にわたる拙い解説にお付き合いくださった読者各位にお礼申し上げます。

【用語解説】
◆PoC
 Proof of Conceptの略で、概念実証という。新しい概念やアイデアの実現可能性を確認するための簡易な実装試行などを指す。

◆AIスピーカー
 話し掛けると音声を分析して、さまざまな信号を送受信する音響端末。海外IT大手事業者製が有名であるが、国内事業者も販売している。

電気新聞2018年9月10日

(全4回)