2.行楽地の電化
昭和初期、山上に行楽や参詣に出向く人たちの交通手段として、ケーブルカーやロープウェイが建設される。
ケーブルカーでは、大正7年(1918年)に生駒山上遊園地へのアクセスとして運行を始めた生駒鋼索線鉄道(現:近畿日本鉄道生駒鋼索線)が日本初の事例である。ついで大正10年に開業した箱根登山ケーブルが関東地方での先駆けになる。以後、昭和戦前にかけて、筑波山、高尾山、御岳山、傘松展望台、比叡山、石清水八幡宮、信貴山、愛宕山、摩耶山、六甲山、五剣山、高安山、別府楽天地などに続々とケーブルカーが設置された。

ロープウェイでは、明治45年に大阪新世界にあって初代通天閣とルナパーク内のホワイトタワーを結んで運行した索道が旅客用では最初の試みであった。その後、大正3年に東京上野で開催された大正博覧会で、不忍池上空を渡るように仮設の索道が運行した。
日常的な移動手段としては、昭和2年に紀伊自動車が三重県の矢ノ川峠で運行を行った索道が早い事例とされる。バスでは登坂が不可能な地形であったため、代替として全長1254メートル、高度差382メートルの単線循環式の索道が設けられたようだ。約10年間にわたって運行したが、道路の改修によって撤去されている。
以後、愛宕山(福岡)、比叡山、吉野、六甲山、二見浦、明智平(日光)などで、観光客や参詣者を運ぶ路線があいついで開業する。このなかで昭和14年に埼玉県三峰山に開業した秩父鉄道の三峰ロープウェイは、延長1768メートル、高低差615メートル、国内最長の索道として知られた。しかし戦局の悪化に伴い、生活路線を兼ねていた吉野ロープウェイ、三峰ロープウェイを除く各路線は不要不急の施設とされ、営業が休止された。
戦後では昭和25年、明智平ロープウェイがいち早く復活し運行を再開している。昭和30年代になると、おりからの観光ブームに乗じて、宮島、蔵王、御在所岳、日本平、千光寺、雲仙、伊佐山(長崎)、函館山など各地にロープウェイが設けられた。
ここでは湯ノ山温泉と御在所岳を結び、昭和34年にから営業を始めている「御在所ロープウエイ」を「電化遺産」に選定したい。当時としては日本最長級であり、白く塗装された6号支柱は日本一の高さ(61メートル)を誇り、地域のランドマークになっている点を評価したい。また山形交通(現:ヤマコー)が昭和31年に運行を始めた世界初の3線自動循環式ロープウェイである「蔵王ロープウェイ」も候補としたが残念ながら選外となった。





