6.イベント空間と電化照明
昭和になると祝祭の空間も電気照明で彩られた。従来、提灯や松明の明かりでなされていた祭礼や年中行事で実施されていた夜の演出も、電気照明に置き換えられる事例が増えた。
ここでは一例として京都の円山公園の夜桜の演出を紹介しておきたい。四方に見事な枝を拡げた枝垂れ桜の老木は、春には見事に、浅紅の花が咲き誇る。満開の夜になると、爛漫とした半天は提灯や篝火で美しく彩られ、多くの人を招き寄せた。京都を代表する夜の景勝も電気照明によって、それまで以上に鮮やかに、かつ細部にわたって照らし出されるようになった。『照明日本』(照明学会、昭和11年)に拠れば、500ワットの投光器5基を据え付けて明るく照らし出したようだ。観光客向けに販売された絵葉書には「…篝火及び電飾は四方を照し 満都の花客狂する如く競ふて樹花に群集し酒宴酣歌雑踏を極む」とある。
各地で行われる博覧会の会場では、明治以降、電化に関わるさまざまな展示があった。大正時代には東京や大阪、山梨などで「電気」を主題とする博覧会も開催されている。時代が昭和になっても生活の電化に応じて、博覧会場にあって電気のある生活を啓蒙する展示が行われた。
たとえば昭和3年、10月1日から約2ヶ月を会期として大阪で「大礼奉祝交通電気博覧会」が開催されている。昭和天皇の即位を祝いつつ、大阪市電の20周年と電灯経営5周年を併せて記念するイベントであり、会場では電気に関する技術と電化による生活、さらには交通の発展が示された。
第一会場となった天王寺公園に、発電館、電力館、電気廉売館、照明館、電熱館などが用意された。電熱館では、電化住宅や電化工場などの出品、電化した調理器具による料理の実演があった。照明館では夜景の演出方法や、最新の街路灯が紹介された。第二会場に充てられた大阪市民博物館では、階上を天皇の御物や御大典関連の絵画や写真を陳列する「大礼参考館」とし、階下を大阪中央放送局による「ラジオの将来」など無線や通信に関する展示室とした。さらに茶臼山の住友邸跡を第三会場とし、農事電化の紹介や菊花の陳列場が用意された。
目玉となったのが日本初となる懸垂型モノレール「空中飛行電車」の走行である。懸垂飛行鉄道合資会社が主体となり3会場を連絡する移動手段とし企画、当時の資料には「地上約百尺の高さに連繋せる軌条に車体を懸垂し、車体内にガスエンヂンを装置し自力を以て運行するもの」とある。
ただ建設工事が遅れ、また車輌の特許を申請している途中であったことから監督官庁の許可が降りず、博覧会の開幕には間に合わない。結局、運行を始めたのは、閉会が迫る11月28日のことであった。「大袈裟な設備をしながら一寸も動けず」「際どいところでやっと許可」と新聞は報じた。閉会までわずか数日の運行に限られ、乗車賃は博覧会の入場料よりも高かったが、14人乗りのゴンドラは、常時、満員の人気であった。その後、大阪では昭和4年、日本懸垂電気鉄道が、梅田から住吉公園までの路線に関する申請を行なったが、地下鉄3号線(現四つ橋線)と競合することなどから却下されたという。
戦後の博覧会についても検証したい。ここでは1970年大阪万博(1970年日本万国博覧会)について見ておきたい。
1970年大阪万博では「電化」に関わる新たな試みが会場内の随所で展開された。
電気事業連合会は電力館を出展、「人類とエネルギー」をテーマに掲げ、『太陽の狩人』と題する映像がメインショーであった。「電力ギャラリー」では、原子力発電を中心に、電気の歴史、電気技術の将来を紹介することが企図された。

日本電信電話公社および国際電信電話が出展者となった電気通信館は、「人間とコミュニケーション」をテーマに掲げ、200個のブラウン管に諸民族の赤ん坊の姿を上映、各国語での挨拶が1万6000個の送受話器から流れてくる演出、交換機の機械音が陽気なサンバのリズムを奏でるといった電話や通信に関わるユニークな趣向の展示が展開された。なかでも人気を集めたのが携帯無線電話機を実際に使用することができるワイヤレステレホン室である。
そのほか、世界初の全天全周映像を実施したみどり館、煙への投影を試みた虹の塔など、ユニークな映像展示を試みるパビリオンが多くあった。日立グループパビリオンには、当時としては国内最長のエスカレーターや最大の2階建てのエレベーターが設置された。鉄鋼館や西ドイツ館などでは前衛的な電子音楽が演出に用いられた。
夜景の演出手法も注目される。高さ70メートルの「太陽の塔」では「黄金の顔」に投光器を設置、南に帯状のビームライトを照らした。そのほか多数のストロボでドーム状の建物外観を美しく見せるフランス館や、自動制御装置のプログラムによって、色彩、光りの強弱、点滅のリズムなどから「光りの詩」を演出した電力館などが意欲的な試みであった。空中に光る球体を浮かべたリコー館の夜景も、遠くから視認することができ実に印象的であった。

優れた建築照明の実例が会場内に多くあったなかで、ここでは博覧会のパビリオンにおける照明演出の典型例として、大阪万博のスイス館を「電化遺産」に選んでおきたい。スイス館は「調和の中の多様性」をテーマに掲げ、「光の木」と呼ばれたデコレーション・ツリーのある広場、展示場、レストランのある展示館で構成されていた。アルプスの樹氷をイメージした象徴的な「光の木」は、建築家ウィリー・ワルターが設計を担当した巨大な彫刻作品である。中央の柱から四方に幹を張り、さらに表面をアルミニウム板で覆った大枝、中枝、小枝を層に伸ばし、先端に合計3万2036個の透明ガラス白熱電球を灯した。夜には、きらめく樹氷のような幻想的な景観を提供、枝の上方に設置された104個のスピーカーからは電子音楽が一帯に流された。





