3.昭和を代表する夜景
夜景からも昭和の「電化遺産」を選んでおきたい。
電気照明の普及で、市街地の夜景が観光の目玉となる。戦後、日本が高度成長を達成し、国内の団体旅行がブームとなるなかで、函館、神戸、長崎の眺望が「日本三大夜景」とうたわれた。いずれも港町であり、近郊の山上から見晴らす光景が素晴らしいことで早くから知られていた。契機は定かではないようだが、旅行代理店が旅行商品を考案造成をするなかで優れた3都市を組み合わすかたちで工夫された命名であるようだ。ここでは「日本三大夜景」というコンセプトそのものを、昭和の「電化遺産」とみなしたい。
これらの景勝地では「100万ドルの夜景」「1000万ドルの夜景」などの呼称も用いられた。たとえば標高600~931メートルの六甲山系の南に広がる神戸の夜景について「100万ドル」という表現が初めて用いられたのは1950年頃であるという。六甲ケーブルを運行する六甲摩耶鉄道(現・神戸六甲鉄道)が、山頂を訪れるレジャー客向けの宣伝文句として使い始めたようだ。
六甲ケーブル六甲山上駅下の天覧台、表六甲ドライブウェイの鉢巻展望台、錨山展望台、再度山のビーナスブリッジ、摩耶山掬星台の展望台などからは、神戸だけではなく、遠く大阪までの夜景が一望できる。関西電力の広報誌『ひらけゆく電気』昭和53年10月号に当時の中村鼎副社長が随想を掲載、「夜景の灯を大阪、尼崎、神戸、芦屋の4市として計算してみると、料金月額4億2900万円となる。これをドルに換算するとまさに100万ドル強ということになる。偶然であるが、夜景の称呼に一致する」と書いているという。1ドル、360円の固定相場であった時代の計算である。
ちなみに近年、夜景の価値をあらためて都市のブランドとして内外に訴求するべく、一般社団法人の夜景観光コンベンションビューローが「日本新三大夜景都市(通称日本新三大夜景)」の認定制度を設けている。2024年のランキングでは、1位北九州市、2位横浜市、3位長崎市となっており、神戸は5位、函館は7位になっている。





