4.歓楽街の夜景

 歓楽街や盛り場の景観、電飾広告も選定の対象である。明治30年代以降、各地に電飾による広告が話題になった。東京では新橋駅前に「キリンビール」の6文字を灯す広告が登場し話題となる。大阪では縞モスリン会社が戎橋南詰に点滅式の電気看板を掲出した。

 電気の普及に応じて、全国各地に文字や意匠を電球で示す巨大な広告が設置されるようになる。昭和5年段階では、小樽市の山上にある「レートクリーム」の電飾看板が一文字35尺角、総数1325灯を使用しており、国内では最大級であるとされた。

 電球によって文字を浮かびあがらせつつ、その明滅を調整することで文字群が流れるように見せる「電光ニュース」も米国から導入される。昭和3年、東京朝日新聞、大阪朝日新聞の社屋に設置されたのが嚆矢とされる。また日本電気サイン株式会社は、東京・京橋の第一相互館の屋上に「電光ニュース」を設置し、企業広告のほか、市民の興味をひくニュースなどを流した。

 昭和になるとネオンサインが普及する。日本では大正7年、銀座の谷沢靴店がアメリカ製の3本の赤色ネオン管を装飾としたのが最初であった。ついで大正11年、白木屋は「SHIROKIYA」の9文字の灯す独自のネオンサインをフランスで購入、国内で初めて大阪店の店頭に掲げた。

 大正15年、東京電気(のちの東芝)が国産化に成功する。7月、東京の日比谷公園で開催された納涼会会場の入り口に、点灯された幅11メートルのネオンが実際に設置された最初の事例である。男の子と女の子が向かい合ってシャボン玉を吹いているユーモラスな絵柄のなかに、「東京市主催納涼会」の8文字を浮かびあがらせた。

 以後、昭和初期にかけて、高村衛二による昭和ネオン工業所(現:昭和ネオン)、小曽根寛二によるニオンライトラボラトリー、クロードネオン電気会社など国産のメーカーがあいついで創業、ネオン管の国産化と量産化が進む。全国の歓楽街で営業したカフェーやバー、食堂などの装飾灯としてネオンサインが普及する、大都市の夜景に新たな演出性を加えた。

 東京逓信局の調査では昭和4年に新設されたのは30ヶ所に過ぎなかったが、翌年は121ヶ所、昭和6年には26122ヶ所、昭和7年の1317ヶ所と急増する。この時期に点灯されたネオンの半数が、銀座、浅草、新宿などの繁華街で営業をしていたカフェー、バー、レストランといった飲食店に掲出されたものであった。

 

昭和48(1973)年4月、東京都千代田区の数寄屋橋交差点から見た銀座の街並み。同年から起きたオイルショックでは節電や電気の使用制限により「ネオンが消えた」ことも、歴史に刻まれる
昭和48(1973)年4月、東京都千代田区の数寄屋橋交差点から見た銀座の街並み。同年から起きたオイルショックでは節電や電気の使用制限により「ネオンが消えた」ことも、歴史に刻まれる

 各地にユニークなデザインのネオン広告が登場する。名古屋の大須観音には提灯型のネオンアーチが掲げられた。上野駅の地下鉄ビル正面には直径18メートルのネオンによって文字と針が発光する、世界最大の「ネオン時計」が設置された。大阪の道頓堀には料理船をネオンで飾った「ネオン・ライト船」が営業を始めた。いっぽう新宿には密度では世界一と呼ばれた「ネオン横丁」が誕生している。

 新しい装飾照明としてネオンが流行したことにより、都市の夜景の色合いが変わった。道頓堀や銀座は「赤い灯 青い灯 夜の街」(銀座小唄、昭和4年)、「赤い灯 青い灯 道頓堀の」(道頓堀行進曲、昭和4年)、「ネオンライトのいじらしさ」(銀座悲歌、昭和6年)と歌謡曲にもうたわれた。さらに昭和8年には、大阪道頓堀のグランド・パレス、東京銀座のグランド銀座に、当時としては世界第1位、第2位といわれた大型のネオンサインが出現する。

 商店街もネオンサインを設置した。『拓けゆく電気』昭和11年5月号の「商店号」に「商店街の共同ネオン電飾」という報告があり、東京では昭和7年末に整備された日本橋人形町を端緒として、わずかに数年のあいだに神田小川町、日本橋八丁堀、新宿、三田、五反田、小山、芝神谷町、赤坂、一つ木、高円寺、阿佐ヶ谷、麻布十番、淀橋、成子坂、浅草などの商店街で、街区全体にネオン照明が設備されたという。

 商業地区にネオンサインが普及するに応じて、新たな技術開発もすすんだ。ソニーの創始者である井深大は高周波の周波数をバリコンで変化させることで光が流動しているように見える「流動サイン」を発明、昭和12年のパリ万博で特別賞を受けている。

 戦時下にあってネオンなどの華やかな照明は撤去されたが、戦後になって繁華街はいっそうの明るさを見せる。さまざまな投光照明や建築照明、ネオンサインで飾られた歓楽街の夜景を代表する事例として、ここでは東京の銀座を「電化遺産」を選んでおきたい。ビル全体が光り輝く三愛ドリームセンター、地球儀型の「森永ミルクキャラメル」や星型の「ナショナルテレビ」などのネオンサインが名物となった。