昭和における照明の普及とともに、きらびやかな夜景が、観光都市のアイコンの一つになっていった(写真は北海道函館市・函館山からの景観)
昭和における照明の普及とともに、きらびやかな夜景が、観光都市のアイコンの一つになっていった(写真は北海道函館市・函館山からの景観)

 今回は、観光、ランドマークや夜景などの都市景観から昭和の電化遺産を選定する。観光の分野では遊園地で、人気のある観覧車、飛行塔やコースターなどの遊具、楽しみを含めた移動手段であるロープウェイやケーブルカーについて検討したい。夜景に関しては、都市全体の俯瞰景観、歓楽街のネオンサイン、広告が生み出す光景などが対象になる。

1.娯楽の電化

 まず電鉄会社が経営した遊園地の遊戯機械などから、電化遺産の候補を探りたい。

 日本における遊園地の原点は、江戸時代からある遊山地や盛り場、各地で開催された博覧会に併設されたアトラクションや児童遊園、近代になって郊外の電鉄電車が設けた遊園地、そして百貨店など商業施設の屋上に設置された遊園などがある。明治時代から「電気」や「光学」を活かしたさまざまなアトラクションやショーが、その種の遊園地で導入された。また電鉄会社などが郊外に開映した遊園地に、日本のメーカーも独自にさまざまな遊戯機械を納品した。

 ここでは遊戯機械として、まず昭和4年(1929年)に設置された奈良県の生駒山上遊園地にある飛行塔を選定したい。高さ約30メートルの展望塔から四方にアームを伸ばし、ゴンドラを吊りあげて回転させる独特の機構は「日本の大型遊戯機械の父」と言われる土井万蔵が設計したものだ。大阪平野を見晴らす防空監視所の役割を担ったことから戦時下でも軍への供出を免れ、今も現役である。

 戦後の遊具からは豊島園の名物であったメリーゴーラウンド「エルドラド」を選びたい。そもそもは1907年にドイツの機械技師ヒューゴー・ハッセが製作したもので、ニューヨークの遊園地で長く運用されていた。廃棄される直前に豊島園が買いとり、当初の姿に修復のうえ昭和46年から営業を始める。アールヌーボーの装飾が美しい回転木馬の名品は、日本機械学会の機械遺産にも認定された。製作時期は古いが、高度経済成長期に人気を集めた遊戯技機械の代表作として評価したい。

 そのほか国産初となる浅草花やしきの「ローラーコースター」、新明和工業(旧:川西航空機)が製作し、日本で最初に「ジェットコースター」を名乗った後楽園ゆうえんちのコースターなども候補としたが、考察のうえ選外とした。

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