学説2 炉心溶融に至ってもベントにより放射能放出は避難勧告値以下にできる

 
図_正門付近の線量率
 

 福島原子力事故が示したもう一つの重要な点は、溶融炉心から放出された放射能の状況が、原子炉の近くで実測・記録されていた事である。これは原子力安全上、特筆すべき功績である。

 それも、ベントから放出された1、3号機と、炉心から直接放出された2号機という、2種類の放出形態による影響が、モニターカーにより実測・記録されていたのだ[編注参照]。しかもその測定位置は原子炉からわずか1kmしか離れていない発電所正門である。この記録から、これまで我々が知らなかった新事実が明らかになった。

 新事実の第一は、図に見られるように、放出形態の相違で放射線の背景線量率に大変な違いが生じることである。ベントから放出された1、3号機の背景線量率は約20mSv/年にとどまるのに対し、炉心から放射能が直接放出された2号機では約1500mSv/年以上と、実に100倍近い差がある。ただし、図を見ると1号機のベント開放以前から20mSv/年レベルに達している。これは消防ホースを炉心への注水ライン(消火配管)につないだ時刻と同じであるため、この際に、配管のどこかに漏れがあり、炉心の放射能が直接、外界へ出たと考えられる。それを考慮すると、実際のベントの除染効果は1000倍ほどであると考えられる。

 これはつまり、ベントを通せば、放射能の放出は千分の一程度に減少するということだ。沸騰水型軽水炉(BWR)におけるベントの被曝低減効果は非常に大きいといえるだろう。

 BWRベントとは、格納容器内圧力の上昇時に、圧力を逃して格納容器を守るために、放射能を含む格納容器内の気体を、格納容器下部にある深さ2mほどの冷却水溜まり(圧力抑制プール)に潜らせた後、スタック(煙突)から放出する方式である。冷却水を潜る過程で放射能が洗い落される「うがい効果」が意外に大きく、千分の一近くに減少することが、福島の事故で証明された。

 なお、新規制基準に基づき各発電所で設置された、または設置が計画されているフィルターベントは、BWRベントの出口に、更に放射能除去フィルターを設けたもので、実験を行った奈良林直北海道大学名誉教授によれば、効果は10万倍近い。

 これまで、原子力安全の分野で世界的に大きな問題となっていたのは、炉心溶融により原子炉から放射能が、どの程度濃く、どれほど大量に、どれほど短時間に放散されるのかが分からなかったことだ。そのため危険度も推定できない。実験は許されるわけもなく、考えても分からないから、対策は大まかな見当で定められていた。防災地域を10kmにしたり、80km圏の立ち入りを禁じたりしていたのは、そのためである。

 福島原子力事故は、この問題に回答を示している。2号機の地上放出線量率である約1500mSv/年が、その答えである。2号機のこの数値は、炉心溶融に至る原子力事故での最大級の放出線量率とは言えないが、相当大きなものだ。相撲でいえば大関級の値といえる。事故が起きた2011年3月11日から16日の昼頃までの気象は温和で、風は東向きに緩やかに吹く程度であり、風が穏やかならば、放射能は放出地点周辺に留まるから、汚染や被爆は発電所の周辺が高くなる。

 繰り返すが、風が穏やかな条件で、原子炉に近い正門付近で測定された、2号機からの放出後の数値が1500mSv/年であった。1、3号機の結果から考えると、仮に2号機のベントが働いていたとすれば、背景線量率はその千分の一の1.5mSv/年となる。この数値は、IAEAの勧告避難線量より有意に低い。BWRベントは、炉心溶融の出す放射能の被爆線量を避難勧告線量よりも低くできる、ということになる。フィルターベントが設置されれば、さらにその数値は低くなることは明らかであろう。

 ベントによって放射能汚染が低減でき、避難する必要もない。これは拙著を読んでいない方にとっては、初めて聞く話で、にわかには信じられないであろう。しかし、学問的には言い得るのである。それは、溶融炉心からの放射能放出状況(背景線量率)が1500mSv/年程度と実測されたからにほかならない。添付図を基に、銘々が検算して確かめて欲しい。

[編注]
福島第一原子力発電所1、3号機では、水素ガスを含む蒸気による圧力上昇で格納容器が破壊されることを防止するためベントが行われ、この際、放射能が放出された。2号機はベントが働かず、また原子炉建屋のブローアウトパネルが落下していたことから、原子炉から漏れ出た蒸気がそのまま大気に放出された。