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 第1回では、AI(人工知能)エージェントの登場により、消費者が強い関心を持たない商品は、自動購買のプロセスに組み込まれていくというトレンドを紹介した。それでは、コモディティーである電力の購買はどのように変わっていくだろうか。電力自由化が先行し、電力以外のコモディティー商材を巻き込み多様なサービスが展開され始めている海外の事例を参考に今後の行方を考えてみたい。
 

AIとの連携でコモディティー購買エンジン側にポジションを移す?

 
 2016年4月の電力自由化後も、スイッチ(事業者・料金プラン変更)がなかなか浸透しない理由の一つに、各社間の契約条件の比較・検討の煩雑さがある。プランの比較だけではどの契約が自分の家庭にとって一番お得になるのかを判断するのが非常に難しい。このため、消費者は正確な使用量を電力各社のサイトや比較サイトで入力し、変更した場合の料金をシミュレーションする必要がある。

 AIエージェントを活用した購買は、その手間を一気に取り払ってくれる可能性がある。近い将来、AIエージェントと連携した「コモディティー購買エンジン」が、家庭の電力使用量を把握し、各社のプランを比較し最適な契約先を提示するようなモデルが実現するかもしれない。このモデルが実現した場合、電力小売市場のプロフィットプール上のプロフィットゾーンと顧客のロイヤルティーは「コモディティー購買エンジン」側に移動し、商品の供給元である電力小売事業者は、AIに選ばれる安価な料金プランをひたすら提供することでしか顧客の獲得・維持ができない消耗戦に巻き込まれる可能性がある。

 実際、料金プランの構造がシンプルなイギリスやドイツでは、AIの登場を待たず、英ユースイッチ(uSwitch)、独ヴェリヴォックス(Verivox)といった比較サイトが電力契約スイッチの主流になっており、事業者は比較サイトの上位になるよう安価な料金プランを提示する消耗戦を強いられている。また、こうした事業者からの紹介手数料を収益源とする事業者だけでなく、英フリッパー(Flipper)やベルギーのジューンエナジー(June Energy)のように、消費者に対して最適な料金メニューを保証することを通じ、消費者から手数料を得るような事業者も登場している。

 こうした動きは、電力だけの話ではない。他のコモディティー商品、例えば自動車保険や携帯電話の契約なども同様で、これらを合わせた、大きなマーケット構造の変化が訪れるだろう。前述のユースイッチやヴェリヴォックスは、電気やガスに加えて、通信、ケーブルテレビ、自動車保険、クレジットカード、住宅ローンなどの多様なコモディティー商材を取り扱っている。このような状況においては、電力小売事業者は電力単体の商品供給元から、多様な商品を選定する「購買エンジン」側にポジションを移すことも考えるべきではないだろうか。

ジューンエナジーは毎月4.99ユーロを支払うと、最もお得になるプランやキャンペーンに自動で切り替えるサービスを展開。初年度は切り替えによるコスト削減額と同社への支払額を比較し、後者が高かった場合は返金するため、利用者が必ずお得になる
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ジューンエナジー ホームページ
https://june.energy/en/pricing

 

行き着く先はGAFAとの戦い。勝ち残る戦略は?

 
 「電力小売事業者」から、「AIを活用したコモディティー商材全般の購買エンジン」に移行できた事業者は、一定のプロフィットとロイヤルティーを維持し続けることができるだろう。ただこうしたプラットフォーマーは行きつくところ、GAFAに代表されるメガプラットフォーマーとの競争を意識せざるを得ない。例えば、旅行関連では、グーグル(Google)がグーグルトリップ(Google Trips)を提供するなど、エクスペディア(Expedia)などの専業オンライン事業者を脅かしている。コモディティー市場も、こうしたメガプラットフォーマーの脅威と無縁ではいられないだろう。

 メガプラットフォーマーが進出してきた電力コモディティー市場では、専業だからこそ提供できる顧客体験が鍵を握る。次回は、この顧客体験に正面から取り組むビジネスモデルを検討してみたい。

【用語解説】
◆コモディティー
広くは商品全般を指し、文脈によっては、差別化が難しく汎用化された製品やサービスを指す。

◆プロフィットプール/プロフィットゾーン 
商材が顧客に価値を届けるまでのバリューチェーンの内でどの分野・領域が利益を上げるかを解析したもの。特に利益が上がる領域をプロフィットゾーンと呼ぶ。

◆プラットフォーマー
個々のサービスの共通基盤を提供する事業者。例:インターネット通販で他社の「商店」を出店させる基盤である楽天市場。

◆GAFA
情報通信技術を活用して各業界で支配的な地位を確立し、膨大な個人データを蓄積しているGoogle、Apple、Facebook、Amazonの4社の頭文字をとった言葉。

電気新聞2018年2月26日

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