◇付着生物対策、水産分野へ応用/幼生検出 AIで容易に
中国電力とセシルリサーチでは、これまでに進めてきた付着生物対策の研究成果を水産分野へと展開させ、AI(人工知能)物体検出を活用したカキ養殖採苗支援アプリ「カキNavi」を開発した。カキ養殖における採苗は重要な工程であり、主要養殖海域では詳細な幼生調査が毎年行われている。今回は、幼生調査にかかる時間と労力を軽減し、迅速な情報共有の実現を目指した「カキNavi」の開発経緯とアプリシステムの概要について紹介する。
全国でのカキ養殖の生産量は広島県が1位、岡山県が2位と、中国地方で7割以上(2022年度)を占めており、カキ養殖は水産業における主要分野となっている。
カキ養殖は大きく分けて(1)採苗(2)抑制(3)育成(4)収穫――の工程で行われている。採苗に適した段階(付着期)まで成長したカキ幼生は、大きさ約250マイクロメートルほどで、アンボと呼ばれる蝶番部分の膨らみが大きいといった特徴があり、また、眼点という光を感じ取る器官がある=写真(1)。幼生の発生量が少ない年には安定的な採苗が困難となるため、採苗のタイミングを逃さないよう、自治体専門職員や生産者による顕微鏡を用いた幼生調査が毎年行われている。熟練者でなければカキ幼生の判別は難しく、また、調査海域が広域に及ぶほど作業量も膨大となり、情報発信の即時性に欠けるといった課題がある。
◇調査の負担を軽減
「カキNavi」は、海水サンプルの拡大撮影画像から付着期カキ幼生をAIで自動検出することで、幼生調査の課題を解決し、天然採苗をサポートするツールとして開発した(特許第7560044号他)。
本開発は、2018年度から20年度に実施された広島県実証事業のひろしまサンドボックス「スマートかき養殖IoTプラットフォーム事業」に、セシルリサーチとともに参画したところから始まる。本事業では、ユーザーが手軽に扱えるよう、前回掲載文にて紹介したイムノクロマト法ではなく、カキ幼生の形態的特徴を活かしたAI物体検出による手法の開発を進めた。
まず、海水サンプルからカキ幼生を効率的に回収する方法を開発した(特許第6618232号)。水道水を添加して幼生の動きを止め、殻を持つ比較的重たいカキ幼生を沈殿させる方法であり、これによりカキ幼生の鮮明な画像取得が可能となった。
次に、広島湾にて回収したサンプルへ前述の処理を施し、デジタルカメラで拡大撮影した画像1千枚以上をもとに、教師データを作成してAI物体検出モデルへ学習させた。検出対象を「(1)付着期カキ幼生眼点あり」「(2)付着期カキ幼生眼点なし」「(3)大型カキ幼生(付着期の前段階)」とし、加えて、採苗の妨げとなる「(4)付着期フジツボ幼生」=写真(2)も注意喚起のために検出することとした。その結果、対象の4区分について、1サンプル当たり1分ほどで自動検出が可能となり、実用化に十分な性能を得られた。
◇海域の情報共有も
そして、このAI物体検出モデルをクラウドへ実装し、海域の位置情報などとともに、検出結果を共有可能とするアプリを開発した=図。これにより、生産者が調査したい任意の海域において、採苗に適したタイミングであるかどうかを判断する際の支援ツールとして活用が可能である。
本開発の着手時から現在までの間にAI物体検出の技術は進歩しており、本開発においてもモデルチェンジなどの対応を行っている。次回は、「カキNavi」に用いたAI物体検出モデルの詳細や、主要な養殖海域での実証試験について紹介する。
[用語解説]
◆採苗 海中を浮遊しているカキ幼生を養殖用に採取することを採苗(天然採苗)という。コレクターと呼ばれるホタテガイの殻を重ねたものを海中に数日間漬けてカキ幼生を付着させる。
電気新聞2024年10月21日