◇火力・原子力の付着生物対策/貝など判別技術が向上
中国電力とセシルリサーチでは、長年にわたり、火力・原子力発電所などの海水利用プラントを対象として付着生物対策研究を進めている。近年では研究成果の水産分野への水平展開として、広島県農林水産局水産課の協力のもと、AI(人工知能)物体検出を活用したカキ養殖採苗支援アプリ「カキNavi」を開発し、カキ生産者や漁業協同組合による実証に取り組んでいる。今回は、開発に至った背景として、2種類の付着生物幼生検出手法について紹介する。
火力・原子力発電所を始めとする臨海プラントの海水系統や水産養殖設備などでは、二枚貝類、フジツボ類などの付着生物が大量に付着する場合があり、海水取水量の低下や熱交換器の性能低下など様々な障害を及ぼしている。多くの付着生物は、生活史の一時期、幼生として浮遊生活を送るが、付着直前まで成長した幼生の出現状況をモニタリングすることによって、海水電解塩素注入の効率化や付着生物が大きく成長する前の適切な清掃時期の判断に活用することが可能になる。しかし、付着生物幼生はほとんどが1ミリメートル以下の微小なサイズであり、海水中での密度が低い(付着期幼生は多くても数十個体/立方メートル)ことから、モニタリングするためには特別な検出技術が必要となる。
◇検査薬使い簡易に
まず、妊娠検査薬などで用いられているイムノクロマト法を用いる手法を紹介する。こちらは、各種幼生に特有のタンパク質を抗体で検出する手法であり、海水から得たサンプルを濃縮・破砕した後、イムノクロマトキットに1滴垂らす操作で、滴下後20分程度と短時間で検出を完了することができる。高価な機器を必要とせず、簡単な操作で迅速に結果が得られることから、非常に実用的な手法と考えられる。これまでに、ムラサキイガイ、ミドリイガイ、アカフジツボ、クダウミヒドラの付着期幼生に対応したキットを開発しており、その一部はセシルリサーチから市販されている(特許第4139818号他)。
次に、顕微鏡を用いる手法を紹介する。付着生物幼生を検出する最も簡単な手法は顕微鏡下でカウントするというものであるが、幼生の段階で種判別するためには専門的な知識と熟練度が必要となる。特にフジツボ類の付着期幼生は形態が類似しており、専門家でも種判別が困難である。当社とセシルリサーチは蛍光顕微鏡で特定の波長の光を照射する条件下でフジツボ類の付着期幼生を観察すると、種ごとに異なる位置に蛍光を示すことを発見し、この手法を用いることで、多大な被害につながるアカフジツボなどの大型フジツボの幼生と、ドロフジツボやサラサフジツボ等の小型フジツボの幼生を簡単に区別することが可能となった(特許第3972028号他)。
また、本手法で用いる波長400~440ナノメートルの藍色光は、フジツボ類幼生の忌避や二枚貝幼生の閉殻を誘起できることや、バクテリアも含む幅広い種の付着生物の付着を抑制できることを確認しており、この波長の藍色LEDを用いた生物付着抑制手法が、近年のLED技術の発展(照射強度の向上)に伴い進展しつつある(特許6215968号他)。
◇カキ採苗への応用
広島県のカキ養殖は生産量全国1位(2022年度のシェア61%)であり、主要産地である岡山県も合わせると73%にも及ぶ。カキ養殖において種苗の調達はほとんどが天然採苗により行われているため、幼生の発生量が少ない年においては安定的な採苗が困難となる(14年度、17年度は必要量の50%以下)。このような地域産業の課題解決に、当社で培ってきた付着生物幼生検出技術に関する知見を活用することが可能と判断し、AI物体検出モデルによるカキ幼生検出手法の開発に取り組んだ。開発の詳細は次回以降に紹介する。
[用語解説]
◆イムノクロマト法 イムノクロマト法は抗原抗体反応を利用して、特定の物質を検出する免疫学的検査法で、迅速・簡便・抵コストに検出結果を得られることから、妊娠検査薬や新型コロナウイルス抗原検査キットなどで幅広く活用されている。
電気新聞2024年10月7日