◇サイバー上で被害を再現・解析/現実世界の意思決定支援
「デジタルツイン」という言葉を目にする機会が増えてきた。ひとことで言えば、デジタル技術を使って、現実世界の「双子」をコンピューターの中(サイバー空間)に造りあげることだ。このデジタルの双子に現実世界の災害に関する様々なデータを与え、サイバー空間上で災害事象や被害の様相をリアルに再現し、様々な災害対策を適用した結果を解析して現実世界の意思決定を支援することを目指す技術が「防災デジタルツイン」だ。
デジタルツインは、もともと産業界で使われ始めた技術だ。現実世界のジェットエンジンと全く同じ部品構成のデジタルモデルを構築し、実時間で実際のエンジンのデータを入力し、部品の交換やメンテナンスを先んじて手配するといったことが可能になっている。
この技術を防災の分野に適用するなら、例えば、現在の降水量や河川の水位などを、都市空間を精密に再現したデジタルツインに入力することで、今まさに起きようとしている水害の規模や被害の状況を、現実世界の報告に先んじてリアルタイムで推定することができる。さらに、携帯端末の位置情報等を利用したリアルタイムの人口分布データを入力すれば、被災者数や帰宅困難者数を推定でき、避難所や一時滞在施設の開設を迅速に行うことができる。
防災デジタルツインの基本的な働きは(1)再現(2)試行(3)変革――の3つだ。現実世界の災害事象をデジタルツイン上でリアルに再現するために、様々なセンサーネットワーク、観測システム、データベース等からデータを収集し[(1)]、収集されたデータをデジタルツインに入力して、その振る舞いを即座に解析し[(2)]、解析結果を現実世界へフィードフォワードすることで、人間系を含むシステムの振る舞いを変革する[(3)]。さらに変革された現実世界のデータをデジタルツインにフィードバックして解析することにより、次の変革をつくりだす。
◇状況に即した避難
防災科研では、この防災デジタルツインのコンセプトのもとに災害動態解析システム「SIP4D―DDS」を開発し、試験運用を行っている。
図2は、河川の氾濫による浸水被害が発生した場合の住民の避難支援を検討するためにSIP4D―DDSを用いた例だ。新型コロナウイルス感染症の防疫対策を考慮した条件下で浸水想定区域内の住民を最寄りの避難所に収容できるかを解析すると、多くの自治体ですべて避難者を収容しきれない状況に結果になる(図2左着色部分)。これに対して、行政が在宅、直避難、臨時避難所の開設、近隣自治体への事前広域避難などの対策を次々に組み合わせて講じることで、すべての避難者を収容できることがわかる(図2右)。
この事例では、発災時の人口分布をマルチエージェント・シミュレーションという手法で求めているが、現実世界の携帯端末の位置情報等を使ったリアルタイムの人口分布を用い、さらにリアルタイムの降水量や大雨警報危険度分布(キキクル)などのデータを組み合わせてリスクを解析することで、時々刻々変化する災害動態に即応したデータ駆動型の意思決定支援が可能になる。
◇データ連携が必須
防災デジタルツインを活用するためには、現実世界の動態を的確にデジタルデータとして把握することが不可欠だ。今後は既存の観測データだけでなく、衛星、IoT、モビリティーなどの多様なセンシングデータとSIP4Dが連携し、デジタルツインの精度を向上させることが求められるだろう。
◆用語解説
◆マルチエージェント・シミュレーション 人や生物などの行動ルールをモデル化した「エージェント」と呼ばれる仮想的な主体をコンピューター上に大量につくりだし、同時並行的に、相互作用を受けながら活動させるシミュレーション手法。
◆SIP4D―DDS SIP4D上で共有される災害動態データをリアルタイムで解析するための災害動態解析(Dynamic Disaster―data Synthesis)機能を備えたシステム。災害動態時空間データベース、災害動態シンセサイザ、災害動態ビジュアライザから構成されている。
電気新聞2024年8月26日