◇用地、生産変更、顧客の協力…/3つの「好条件」が奏功

 TSMCはトヨタ自動車、デンソー、ソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)を少数出資者として迎え入れ、ジャパン・アドバンスト・セミコンダクター・マニュファクチャリング(JASM)を熊本県菊陽町に設立、2024年2月24日には開所式を行った。TSMCが熊本を選定した理由について、豊富な電力や水資源を挙げる方が多いが、実際には微妙にニュアンスが異なる。今回は、半導体エンジニア情ポヨ氏による半導体産業側の視点で、熊本選定の理由を探りたい。

 TSMCの熊本選定理由は、様々な要素が挙げられる。1つ目は、TSMCの最大顧客であるSSSが好条件の土地を確保しており、TSMCはそのまま活用することができた点である。半導体工場の立地選定に当たっては、人材確保や電力・水インフラの整備等、多くの要件をクリアする必要がある。JASM熊本工場の土地は、本来SSSが熊本テクノロジーセンター拡張に向けて確保していた工業団地であった。TSMCはSSSが確保していた土地をそのまま流用することで、前述の要件に合致した土地を探す必要がなくなった。これは半導体事業者の便益が非常に大きく、最大の要因であると指摘できるだろう。

 2つ目に、TSMCはSSS向け生産ラインを台湾に整備予定であった点である。TSMCは台湾・台南市の南部科学園区に所在するFab14にSSS専用ラインを整備予定だったが、経済産業省・SSS・TSMC・台湾当局による協議・連携により、TSMCは計画を変更して熊本にSSS専用ラインを設置した。熊本誘致の実現は、関係機関による緻密な連携のたまものであり、奇跡的と言えるだろう。

 3つ目に、SSSの全面的な協力が挙げられる。TSMCは米国・アリゾナ州でも工場建設を進めているが、労働条件等の文化の違いもあり、予定より遅延している。他方JASMでは、2001年より熊本で操業しているSSSの全面的な協力もあり、建設は予定通り進んだ。SSSとの協力関係は環境面でも生かされた。今回、SSSのノウハウと地元自治体との協力体制が生かされ、SSSが実施している涵養(かんよう)を含めた環境対策はJASMも採用している。TSMCが日本の環境基準を遵守していないといった指摘があるが、熊本にて20年以上半導体工場を操業しているSSSが全面的に協力した結果だと考える方が自然であろう。

米アップルが訪問

 22年12月に米・アップル社のティム・クックCEOが熊本を訪問したが、情ポヨ氏はクックCEOの熊本訪問の目的は観光ではなく、今回のJASM建設の状況確認であったと考えている。アップル社はTSMC・SSS両社にとって最大の顧客である。

車載向けにも拡張

 課題もあった。JASMが生産をSSS向けのロジック22ナノメートル/28ナノメートルノードに限定した場合、国が掲げる「サプライチェーン強化」目的の達成には不十分である。そのため出資者としてデンソーを迎え入れ、車載半導体向けを念頭に置いたロジック12ナノメートル/16ナノメートルノードの製造を決定した。さらに今年2月6日にはJASM熊本工場の拡張と、ロジック6ナノメートルノード(蘭ASML社のEUV露光機を使用)からロジック40ナノメートルノードまで幅広く製造すること、トヨタ自動車も少数出資者として参画することが発表された。

 トヨタ自動車の出資は、日本としてTSMC熊本進出が非常に重要であることを印象付け、今後の工場拡張をバックアップする意味合いもあると考えられる。

◆用語解説

 EUV露光機 =半導体製造の前工程は薄膜形成工程、リソグラフィー工程、エッチング工程、不純物添加工程に分けられるが、リソグラフィー工程は(1)フォトレジスト塗布(2)露光(3)現像――の3工程に分けられる。EUV露光機は(2)の露光工程で活用される機材であり、光源はKrFエキシマレーザー、ArFエキシマレーザー、ArF液浸などが挙げられるが、EUV光は波長が短く、最も微細なパターンを露光できる。EUV露光機はASML社だけが量産に成功している。

電気新聞2024年4月15日