◇電波帯混雑問題、光変換で解消/先端研究を既存分野に活用
先端研究を社会実装に結びつけるためのアーキテクチャー(社会に実現するための知識活動の構造)の中で、研究の持つ潜在力をどう見抜くかも重要である。情報通信研究機構(NICT)Beyond5G社会実装プロジェクトの支援研究の中には、最先端技術を現在普通に使われているビジネスインフラに応用する、といういわば「逆入れ」の発想を持つユニークなものもある。その中身を解明して、その「価値」を研究者側にフィードバックすることも研究者の成長、社会実装ケーパビリティの拡張につながる。
NICTのBeyond5Gプロジェクトの中に、大阪大学による光キャリアの広域特性を用いた低周波(メガヘルツ帯)/超周波(ギガヘルツ~テラヘルツ)変換・移行技術がある。
筆者も関わっている情報通信分野の制度論点の一つに電波帯の混雑問題がある。現在、日本でテレビ放送、携帯電話、防災行政無線、警察無線等の公共系通信といった主力の放送通信に使われているのは30MHz~3GHzのVHF、UHF帯であり、その配分がオークションを含めた制度論点となる。携帯電話分野の新規参入者にUHF帯の使いやすい電波帯をどう与えるかは最近話題になった。
◇使いやすい周波数
もちろん今後のギガヘルツ・テラヘルツ帯を活用していくという考え方もあるが、これらは大容量の情報を送れる半面、直進性が高い上に高コスト、大きなエネルギー消費という問題があり、現時点では衛星通信のようなピンポイントのツールに一部使われている。
光キャリアを使ったこの研究は、情報通信のコンテンツを光に一度変換し、使いやすいメガヘルツ帯で処理した後、大容量の伝送が可能なギガヘルツ・テラヘルツ帯に移行し、さらに伝送した上で分配前に使いやすいメガヘルツ帯に戻す、というもの。いわば電波/光信号処理インターフェース技術によって電波帯混雑問題を解決するポテンシャルを持つものである。中心開発者の小西毅・大阪大学准教授は、もともと光の研究者であり、高コスト・高性能化する傾向の強い同分野の先端研究の中で、この発想は異彩を放っている。
私たち社会実装プロジェクトのエグゼクティブやサポートメンバーは、最初の研究シートを見ただけではこの研究のユニークさと将来価値を理解できなかった。研究シート自体が電波帯混雑という社会課題を直接意識せずに書かれていたからである。この研究のユニークさは、Beyond5Gの研究がみな超高速で低遅延の新しい通信インフラというまったく新しい世界を前提しているのに対して、現在使われている償却済みの設備も使えるローコストのメガヘルツ帯(UHF相当)の技術の有効活用につながるという、いわば「逆入れ」の考え方そのもので、対話を重ねた上でそのユニークさに重点を置いたプレゼンテーションをコーディネートすることができた。
「先端技術を既存のビジネス方式やインフラに入れ込む」という通常の先端研究とは逆の手法は、あらゆる産業、技術に応用できるものである。エネルギーでいえば、既存インフラを活かしながら脱炭素を目指す石炭・アンモニア混焼やレシプロエンジンを残したままでのeフューエル、再エネ大量導入と電力系統維持を両立するための揚水の高度運用などがそれに当たる。
◇歴史の中の逆入れ
高度情報通信や脱炭素といった大きな課題に直面した時、我々は「社会が根本的に作り変えられる」と思いがちだが、例えば最近全国で150周年を迎えた公立の小学校は、江戸期に寺子屋として地域でスタートしたものに近代教育といういわば先端技術を「逆入れ」したものである。国民経済の負担まで考えれば、いかに先端研究を既存の社会システムで活かすことが重要だとも考えるべきなのではないだろうか。
電気新聞2024年3月25日