◇立体映像の聴覚、触覚への拡張/異分野ニーズとの接触が鍵

 先端研究を社会実装に結びつけるためのアーキテクチャー(社会に実現するための知識活動の構造)の中で、意外に手間とノウハウが必要なのが「研究価値の多面的評価が可能になる表現力」である。NICT Beyond5G社会実装プロジェクトでは、情報通信技術の中でももっとも難度が高い完全ホログラフィー(立体映像)圧縮・伝送について、その研究価値の見える化にチャレンジした。

 情報通信研究機構(NICT)のBeyond5Gプロジェクトの中に、KDDI総合研究所が中心となって取り組んでいるホログラフィーの高効率圧縮及びマルチモーダル(視覚・聴覚・触覚)伝送がある。

 ◇眼鏡なしで立体視

 このうち一番親しみのあるホログラフィー、つまり立体映像は、1985年のつくば科学博あたりから研究者以外にも体験できるようになり、当初は専用眼鏡使用のものから映画館等エンターテインメント業界に徐々に広がり、現在は立体眼鏡なしにある程度立体映像がみられるものも登場している(拙著「にっぽん電化史・万博と電気」参照、電気新聞発行)。

 一方の画像伝送技術については、圧倒的な圧縮技術の革新が伝送速度側の進化と相まって、現在のスマートフォンなどを使ったYouTube、Amazon Primeをはじめとする動画配信サービスの普及という社会イノベーションを起こし、結果的に旧式技術を使った産業(フィルム産業や映像ソフトレンタル産業)を消滅に追い込んだのは記憶に新しい。

 ホログラフィーの高効率圧縮及びマルチモーダル伝送とは、これまでの立体映像圧縮・伝送技術を5G/6Gを使って飛躍的に進化させ、場合によって聴覚・触覚まで拡張し得る試みであり、関係各方面の多いなる期待を集めている。

 とはいえ、その研究価値をわかってもらい、応用範囲を探すのは簡単ではない。ホログラフィーの質の高さは通常の視覚では完全に認識できない一方、技術のハードルの高さによってコストは当面高額となる。つまり、すぐに今の立体映像に取って代わるわけではないが、精密な立体映像が必須な産業分野や設計等に関わる特殊用途では、初期的に採用するメリットが出てくる可能性がある。

 例えば先端医療分野では、触覚も含めた再現性や遠隔への正確な伝送は大きな価値を持つかもしれない。そうした用途やその関係者の悩みは、通常研究者側には共有されていないので、ここでは「見える化」、研究内容とニーズを持つものが出会うだけの幅広いネットワーク、特に異分野につながる人と情報のつながりが重要となる。このため、社会実装プロジェクトでは研究の中心であるKDDI総合研究所と徹底的にミーティングを重ね、丁寧な研究の「見える化」を動画やプレゼンテーションで行うサポートを進めた。

 ◇良さを多面的分解

 高度情報通信は基礎的理解がないと難解な分野だけに、異分野の人々に理解してもらうには平易な「研究の見える化」こそ重要になる。特にホログラフィーを見るユーザーの99%は産業分野のユーザーまで含めて情報通信の素人であり、それは我々が圧縮技術を知らずにサブスクで動画を見ているのと同じである。

 つまり、新技術を「それに何の良さがあるのか多面的に分解」し、「研究者の中にある研究の価値を言語化して平易にする」というステップが不可欠となる。研究が社会で実現するための地道で、かつ見逃されがちな要素と言えよう。

電気新聞2024年3月18日