◇研究の中核残し、内容を一般化/「見える化」し、情報発信へ
情報通信研究機構(NICT)のBeyond5G社会実装プロジェクトは、研究者の社会実装に向けた発展能力(社会実装ケーパビリティ)を高めるために多くの研究者にインタビューと対話を繰り返し、研究の「見える化」「異質なものとのネットワーク形成」「必要なプレーヤーとのつなぎ込み」を行っている。こうした努力の必要性はあらゆる先端研究に必要なものといえる。
◇「空孔コア構造」に
NICT Beyond5G社会実装プロジェクトが支援している研究案件の中に、慶應義塾大学理工学部が取り組んでいる大容量空孔ファイバーの開発がある。これは、現在使われている光ファイバーの中身が石英(ガラス)であるのに対してファイバー中央部を空孔コア構造にすることで、情報やエネルギーの伝達性能が格段に改善する革新的光ファイバーである。かつ、現在の過酷環境や放射線に弱い光ファイバーと違って強靭である。従来と異なる製法を用いていることから、まだ製造技術では課題もあるが、慶應義塾新川崎キャンパス(ラボ)構内への空孔コアファイバー網構築実績などもある。
有望研究であり、日本の強みともなり得る空孔ファイバーだが、これが社会実装に向かうためには、前回挙げたような研究者自身も持っていない情報や最初の利用者(スーパーアーリー・アダプター)をはじめ、研究成果を使い得る企業・機関へのつなぎ込みが不可欠となる。そこでプロジェクトでは、まず図のような研究の「見える化」を行って異分野の潜在ユーザーからわかりやすい状態にした。
研究者側は過去の自身の研究と学会をはじめとする研究上のつながりの知見で研究内容を説明することが多いため、外から、あるいは異分野から見た時のその研究とは何で、どこが優れているのかを「見える化」するには内容を一般化しつつ、研究の中核部分は残す、という一種のノウハウが必要となる。その上で、一つのテストケースとして、研究者自身(慶應義塾大学理工学部・津田裕之教授)によるプレゼンテーションを含む情報発信の場を設定した。
なお、プロジェクト全般にわたって研究者同士やプロジェクトアドバイザーの交流を進めることで、この研究に関わる情報ネットワークを飛躍的に広げたほか、研究者自身のプレゼンテーション能力向上のトレーニングも実施しており、採択案件の研究者自身も熱心に参加している。
◇異分野へとつなぐ
また、社会実装の第一歩となる、高額で解決課題が多い状態で最初に先端研究を使ってみようとする場や事業(スーパーアーリー・アダプター)については、情報通信産業よりも空孔ファイバーの特性である過酷環境(放射線)への強さを活かした原子力分野でのニーズ探索、電力線(銅線)の届きにくい場所での小電力利用のシーンを考える次世代エネルギーの専門家との対話等、研究者自身が本来持てない異分野へのつなぎ込みをプロジェクトが行っている。
こうした支援は、全体として社会実装への「壁」の高い先端研究を次のステップに上げる一種の「アーキテクチャー」と呼ぶべきものである。
次回はもう一つの研究事例から違うパターンのアーキテクチャーをみてみよう。
電気新聞2024年3月11日