◇ナノの機能、誰もが理解可能に/絶え間ないイノベーションへ

 我が国の名目GDP(国内総生産)が世界第4位に転落した。人口減少、人手不足の問題を抱える中で、人口の少ないドイツに抜かれた点を指摘する報道もあった。将来、限られた人的資源で科学技術立国として生き残っていくための課題を暗示しているように思える。多様なプレイヤーが「官民地域パートナーシップ」のもと役割分担によりイノベーションを起すエコシステムは時機を得たものかもしれない。最終回で、ナノテラスという未来を、この文脈から読み解いていく。

 ◇「最先端の光」得て

 「放射光」という言葉は、一般になじみが薄い。「最先端の光」であることが敷居を高くしている。学術研究利用が主で、応用・実用は従となってしまうゆえんである。

 そのため、放射光を利用する企業は、放射光実験の知識・経験のある人材を確保する必要があった。他方、ナノテラスでは、ナノの機能を、誰もが理解できる可視化されたデータとして提供することに注力している。そのデータを活かし、企業・学術・放射光の分野の異なるプロが、秘密保持契約に基づくチームを組んで課題解決する。これをコアリション(有志連合)コンセプトと呼んでいる。これが放射光に対する敷居を下げ、社外の専門人材の有効活用に対する一つのソリューションになると考える。

 プロ同士のレベルの高い議論は、これまでは放射光と無縁と思われていた課題への挑戦も生み出し、イノベーションの機会を創出する。新型コロナウイルス禍の際に体外式膜型人工心肺(ECMO)で問題となった輸血チューブの血栓形成を阻害する素材開発への貢献(2020年5月22日付、日本経済新聞)は、その好例である。コアリションメンバーの企業が学術とのマッチングを得て、SPring―8(スプリングエイト)で行ったフィージビリティ・スタディの成果である。

 ◇新たな利用分野も

 その後、生体適合性や機械加工等の課題であった「水と接する表面の科学」「機能する水の科学」が、ナノテラスのテーマとして注目されるようになった。以前には想定していなかった利用分野だ。

 地域の自治体・中小企業・金融も積極的に活動している。宮城県・仙台市は、数年前から中小企業を対象に、あいちシンクロトロン(名古屋市)やSPring―8(兵庫県)の既存施設を利用したトライアルユース事業を行い、食品から製造業まで幅広い地域産業の活用分野を開拓している。

 企業、金融、行政、大学、研究機関も連日、施設の視察に訪れる。様々なプレイヤーが相互にナノテラスに関与し、絶え間なくイノベーションを創出する「イノベーション・エコシステム」が形成されつつある。

 コアリションの概念も、エコシステムとともに成長しなければならない。それにはエコシステムを動かす次世代の人材育成が急務である。欧米では、高校生の最先端科学の実習の場として放射光施設の活用が行われている。

 ナノテラスは、東北大学のキャンパス内に位置しており、そこには東京大学、国の主体である量子科学研究開発機構(QST)の拠点、様々な企業の共創研究所が置かれ恵まれた環境が形成されつつある。

 ◇始まる未来の創成

 以下はナノテラスの講演会での文系の高校生の感想である。「理数は私たちの考え方によって無限に広がるということが分かり、それを社会に進めていくのは私たちなのだと意識しました」。ナノテラスという未来の創成は始まっている。(この項おわり)

【執筆者】

高田 昌樹氏

 高田昌樹氏=一般財団法人光科学イノベーションセンター理事長(兼任)・東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター教授/総長特別補佐(研究担当)

 名古屋大学、理化学研究所などを経て、2015年東北大学総長特別補佐・教授。コアリションコンセプトを掲げ東北放射光施設計画に参画、17年より同センター理事長を務める。金属内包フラーレンの世界初の構造決定(1995年)など多数の放射光による研究成果をネイチャー、サイエンス誌に発表。博士(理学)。

電気新聞2024年2月26日