ロシアによるウクライナ侵攻は地政学リスクを高めたばかりでなく、国際的なエネルギー情勢にも大きなインパクトを与えた。日本国内では原子力の再稼働が進まない中で、電力自由化や再生可能エネルギーの拡大が進み、そこにウクライナ侵攻の影響が加わったことで、需給逼迫と価格高騰という2つの電力危機につながった。一方、カーボンニュートラルの潮流が消えることはなく、誰がどうコストを負担するのかという問題は電気事業にとっても大きな課題となっている。最近のエネルギー情勢の変化や今後の日本経済と電力需要について、各界で活躍する有識者で意見を交わした。

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◆今後の電力需要は?

 松尾氏 日本は太陽光発電導入量が世界3位で、今後これをどう維持していくのかという議論が大切だと思います。エネルギー以外のインフラも同じですが、人口が減少していく中で次世代の負担になるのではと懸念しています。化石燃料を簡単になくせない中で、燃料需要や価格の上振れリスクにどう対処していくのかも非常に難しい課題です。少なくともガスは国際的にも一定のコンセンサスがあると思うので、しっかりと投資をすることが必要になると思います。

 司会 これらからの日本経済の行方や今後の電力需要をどう見ていますか。

 ◇デジタル国内投資に期待

崔 真淑氏
崔 真淑氏

 崔氏 明るい要素として、日本経済は今まさにターニングポイントにあるという見方があります。バブル景気から30年近くを経て、過去の成功体験にとらわれない経営者へと新陳代謝が起きようとしています。実際にスタートアップ企業など次世代の経済を牽引してくれるような若い経営者も育ってきています。日本の出生率も過去最低と言われるものの、東アジアの中では突出して高いんです。今後はデジタル投資も期待されており、半導体工場などを国内で建設する動きはもちろん重要ですが、サーバーなどDXのためのツールについても国内投資をしていくことがすごく大切だと思います。現実問題として日本でDXを進めれば進めるほど、海外の巨大テック企業にお金が流れています。エネルギーだけでなくデジタルでも資本流出が起きており、円安の一因にもなっているので注意が必要です。

 ◇需要上振れへの備えが重要

佐々木 敏春氏
佐々木 敏春氏

 佐々木氏 今後の電力需要については半導体関連などのデジタル需要の高まりが期待されています。現在、電力広域的運営推進機関が将来の電力需給シナリオを検討しており、東京エリアでは今後5年ぐらいでデータセンター需要が約600万キロワット出てくるとも言われています。また、最近会ったEDF(フランス電力)の幹部は2035年には電力需要が1.4倍になると言っていました。実は日本ではバブル景気の際に、電力需要がおう盛となり、例えば東京エリアではわずか6年間で電力需要が1.4倍へと急激に伸びるなど、全国的に電力供給が追い付かなくなるのではと、肝を冷やしたことがあります。大規模工場には土日に操業してもらう振替契約を数多くお願いするなどして急場をしのぎましたが、それが可能だったのは当時は発電設備に冗長性があったからです。現在は電力自由化の進展により、事業者は短期的な経済合理性の追求に寄らざるを得ず冗長性がなくなってきている上に、電力需要はダイナミックに増えることも考えられるので、需要の上振れリスクに備えた制度措置による安定供給の確保が非常に重要だと感じています。

 松尾氏 アイルランドでは電力需要が相当伸びており、データセンターの電力需要は2017年に42万キロワットだったのが、2023年には126万キロワットへと3倍になっています。年間のだいたい2割ぐらいがデータセンター需要です。また、ノルウェーでは砲弾工場を拡張しようと思っていたら、送電線の先にデータセンターができて拡張できなかった例があります。電力システムは発電所と送電線がともに足りているかという視点が大切です。
 一方、不確実性はどうしてもあると思っています。半導体関連では大口のユーザーがまだ見つかっていないけれども、とりあえずプロジェクトが立ち上がっている事例も東日本を中心にあると思います。電気事業者からすると需要家の期待にはぜひ応えたいけど、小さいエリアで大きな工場が立ち上がらなかった場合にどうするのか。半導体工場は電気だけでなく水なども必要になるので、半導体工場の新設費用以外のところ、特にインフラ面を政府がカバーする戦略的な国土開発計画も必要と感じています。

 佐々木氏 需要想定だけでなく、どの電源をどれだけ配置するのかもすごく重要です。再エネ事業にはいろいろな事業者が参入しており、基本的に参入や退出が自由です。ただ、その出入りが見通しづらい中で、どう供給力を確保していくのかは大きな課題になると思います。例えば、太平洋側にはたくさんの太陽光設備があって、大きな地震が起きたときはかなり破損する可能性が高いと思います。火力設備が故障すれば、我々は時間がかかっても必ず復旧させて供給力に戻しますが、FITで作られた再エネは果たしてもう一度作り直すことが可能なのか。現状では自由化市場におけるプレーヤーの役割や責任があいまいなので、そこはもう少し明確にしないといけないと感じています。

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