ロシアによるウクライナ侵攻は地政学リスクを高めたばかりでなく、国際的なエネルギー情勢にも大きなインパクトを与えた。日本国内では原子力の再稼働が進まない中で、電力自由化や再生可能エネルギーの拡大が進み、そこにウクライナ侵攻の影響が加わったことで、需給逼迫と価格高騰という2つの電力危機につながった。一方、カーボンニュートラルの潮流が消えることはなく、誰がどうコストを負担するのかという問題は電気事業にとっても大きな課題となっている。最近のエネルギー情勢の変化や今後の日本経済と電力需要について、各界で活躍する有識者で意見を交わした。

<出席者>
鈴木 一人氏(東京大学公共政策大学院教授、国際文化会館地経学研究所長)
松尾 豪氏(エネルギー経済社会研究所代表)
崔 真淑氏(エコノミスト、グッド・ニュースアンドカンパニーズ代表取締役)
佐々木 敏春氏(電気事業連合会副会長)
 <司会進行> 間庭 正弘(電気新聞代表、日本電気協会新聞部長)

 

◆地政学リスクとその影響◆

 司会 ロシアによるウクライナ侵攻から2年が経ち、地政学リスクが高まったと言われていますが、その本質はどこにあるのでしょうか。

鈴木 一人氏
鈴木 一人氏

 鈴木氏 これまでのルールに基づく国際秩序が、力に基づく国際秩序にシフトしてきているということだと思います。第二次世界大戦後の世界はルールに基づく秩序が作られ、戦争をしなくても世界がともに繁栄していけることがお約束事のようになっていました。ただ、ルールに基づく自由貿易が進んだ結果、グローバル化によって仕事を失った人たちが声を上げるようになりました。それが欧米で見られるポピュリズムで、その代表格が米国のトランプ政権だったと思います。本来はルールを守らせるような立場にある米国が内向きになり、それをバイデン政権も引き継ぎ、世界における米国の役割を縮小してしまった。その大きな転換点が2021年のアフガニスタン撤退です。これを境に、米国は世界の秩序にあまり関与するつもりはないとされ、自分たちの利益に沿った形で好きなように秩序を作り変えていいのではないかと考えたロシアのプーチン大統領がウクライナ侵攻を始めた。そして、今度はイスラエルがガザ地区で戦闘を続け、それを米国は支援している。現在は大国が力に基づく秩序によって世界を作り変えようとする可能性が高まり、それを心配しなくてはいけないようになってきたことが、まさに地政学リスクだと思います。


 司会 潜在的なリスクとして台湾有事の可能性と影響をどうお考えでしょうか。


 鈴木氏 力による国際秩序を作ろうとしている国は、巨大な力の差のある関係の中で現状を変更しようとします。中国と台湾の関係は力の差が圧倒的にありますが、台湾に対して米国が支援すると圧倒的な差にはなりません。米国はいわゆる戦略的曖昧性という立場を取っており、台湾を支援するかもしれないと中国をけん制しているからです。このため、すぐには台湾有事は起こらないと思います。ただ、例えばトランプ氏が再選して台湾に関与しなくなれば、このバランスは突如として崩れます。今度の米大統領選挙で誰が勝つか、そして勝利した大統領が何を言うかによって、このバランスがかなり変わってくる可能性はあると思います。


 松尾氏 台湾、あるいは南シナ海まで問題が飛び火した場合、エネルギーの輸入面への影響は甚大です。日本はほぼ100%のエネルギーを輸入に頼っており、LNGの2割ほどがマレーシア産で、そのほとんどが台湾周辺海域を通って日本にやってきています。また、LNG船は非常にコストが高く、保険をかけないといけません。実際、ウクライナ侵攻の際にはJWC(戦争保険委員会)が船舶戦争海域にロシア周辺海域を指定し、西側の再保険会社が再保険を引き受けない状況が起きました。

 これにより、サハリン2からのLNG船の運航が止まりかけました。これがインドネシアなど南シナ海まで及んでくると影響は非常に甚大です。現在はこの地域で世界のLNGのうち約11.2%、石炭も輸出量のうち35%が生産されており、世界への影響が非常に大きいと言えます。


 司会 地政学リスクが高まっていることについて、資本市場はどのように感じているんでしょうか。



崔 真淑氏
崔 真淑氏

 崔氏 株式市場で「遠くの戦争は買い」という格言があるように、米国と日本の株式市場はいったん下落しましたが、そこから急騰して今のようなバブル的な動きになっています。戦争でエネルギー価格の乱高下や経済低迷リスクが高まると、市場は政府や中央銀行が利下げや金融緩和、財政出動するのではないかと期待します。株式市場は現時点の経済で動くのではなく、遠く未来の経済に対する期待で動くので、むしろ遠くの戦争は買いということで上がりやすくなる。一方、ESG(環境、社会、企業統治)投資については一昨年ぐらいまでは海外でブームでしたが、ESGファンドが原油関連や戦争関連を買わないようにしていたため、地政学リスクの高まりとともに負けファンドになったと言えます。地政学リスクの高まりはESG投資に対する疑問が出るきっかけになったと思います。

 通貨市場では米ドルがまだ強いものの、売買動向や決済の通貨システムを見ると、例えばBRICs諸国が共同通貨を作るとか、中東の産油国が人民元でも決済を受け付けるなど、米ドル離れの動きがどんどん出てきています。これまでの米国一極から脱して、多極化勢力として通貨市場でも各国が自由度を増していこうと考えており、例えばロシアと中国の中央銀行は金を過去になかった勢いで買っている動きもあります。米ドル離れをするための準備が、地政学リスクによって引き起こされたと感じてます。


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