◆エネルギー危機とカーボンニュートラル◆

 司会 ウクライナ侵攻が起きた直後はLNGの奪い合いということも起きましたが、今後のLNG市場をどう見ていますか。

松尾 豪氏
松尾 豪氏

 松尾氏 実は今年から米国やカタールでガス液化施設の運転開始が増えてくる見込みです。来年にはほぼ余剰になる見込みで、むしろ売り先を見つけようというトレンドに変わりつつあります。液化施設には1兆円規模の投資が必要なため、安定的なガス需要と価格が重要です。米国のシェールガス革命からウクライナ侵攻の前まではガス価格が下がり、なかなか液化施設が増えませんでした。今回のエネルギー危機によってガス価格が上がっただけでなく、ロシアが欧州へのガス供給を止めたことでLNG需要も上がり、液化施設に対する投資機運が非常に高まったと言えます。


 司会 先ほどのESG投資や液化施設の話を聞いていると、カーボンニュートラルはどうなっているのかと思いますが、国際政治の世界で欧州の姿勢はどう受け止められてるのでしょうか。


 鈴木氏 カーボンニュートラルが必要だということ自体は、もうコンセンサスとしてあると思います。ただ、自分たちが受容可能なレベルでカーボンニュートラルをどう進めるかというときに、ちょうどウクライナ侵攻が始まり、欧州は脱炭素よりも脱ロシアの方が重要になってしまった。私は「脱炭素」「脱ロシア」「脱原子力」というのは、同時に成立しないトリレンマの関係だと思っています。つまり脱ロシアを進めて、脱炭素をするのであれば原子力を動かすしかないのですが、結果的にドイツは脱原子力をしたわけです。そうすると、どこかで必ず無理をしなくてはならず、結局は脱炭素を先延ばしにするしかないわけです。脱炭素やESGは理念としては残っていますが、現実的に解決できない問題になっているので、彼らの頭の中ではいったん棚上げしておこうということだと思います。

 ただ、欧州にはロシアがウクライナに侵攻したという立派な言い訳があります。国際政治の世界では自分たちのやっていることの正当性が非常に重要です。ロシアなど力による秩序というのは正当性を欠いたものが多いですが、ルールに基づく秩序から移行するとしてもルールを破るには正当性が大事です。仮に、日本がカーボンニュートラルを棚上げするにしても、欧州がやっているからというだけでは不十分というところが重要なポイントです。

 もう一つは、欧州は産業政策の戦略としてカーボンニュートラルを進めており、この分野で技術的な優位性を確立するためにも、野心的な目標を打ち出して、自分たちの産業を育てるための場作りをしている。現在は中国が電気自動車を作り、欧州に輸出しているので、欧州は自分たちの戦略に狂いが出てきており、ダンピング問題などを言い出している。つまり欧州は言葉が先にあって、それに行動を合わせていくという戦略をうまくやっているわけです。そこが日本はとても下手だと思います。


 司会 脱炭素やESGに対して、最近の資本市場の受け止めはどうなんでしょうか。


 崔氏 数年前までは世界の機関投資家で最も運用資産額が多いと言われるブラックロックが二酸化炭素(CO2)削減目標を立てるだけではなく、削減ができているかまでを見て、私たちは投資をしますと言い出したんです。ただ、今はフロリダ州で反ESG法が成立するなど、政治的な動きやコストの問題などからトレンドが変わりつつあります。ブラックロックもESGという用語は使わなくなりましたし、米国でもとりあえず目標を出してそれなりに取り組んでいれば投資をしてもいいかという少しあいまいな雰囲気になってきた感じです。



 司会 日本も2050年カーボンニュートラルを宣言しましたが、その実現に向けてどのような課題があると考えていますか。

佐々木敏春氏
佐々木 敏春氏

 佐々木氏 歴史をひも解いてみれば、エネルギー転換というのは技術や経済の優位性が牽引役となってきましたが、既存の技術がすべて置き換わったことはないんです。そう考えると、これから四半世紀ぐらいで大きくエネルギー転換することはかなり難しく、かじ取りを間違えると最終的に経済の破綻や国力の衰亡という形で、しっぺ返しがくることさえ考えられます。このため、世界の動きを横目でにらみながら、日本の国際競争力と経済成長性をきちんと確保していくことが極めて大切だと思います。

 我々、電気事業者に突き付けられた課題としては電源の脱炭素化や需要の電化ですが、電源の脱炭素化には非常に大きなコストがかかります。再エネは電力系統に統合するコストが非常に大きい。火力もアンモニアや水素への移行コストが必要になります。原子力も非常に重要な電源ですが、安全対策工事とバックエンドの費用がかかります。つまりどの電源を組み合わせてもコストは上がるわけです。

 カーボンプライシングに関しても償還財源のほとんどが発電事業者の負担になる見込みで、石油石炭税やFIT賦課金の減少を考慮しても高止まりする可能性があります。日本製品の国際競争力を維持し、それが国内経済に結びついていくためには、どの程度の電気料金の水準であれば受け入れていただけるのかが我々としては悩ましいところです。


※有識者座談会(下)に続く

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