◇様々な分野の第一人者と連携/産学共創「新結合」生む場に

 第2回でナノを見る最先端の光を創り出す加速器技術を紹介した。ナノテラスの未来は、この円形の施設に、多彩な学術・産業界の科学者が課題解決のために集まることにある。そこが、今まで出会うことのなかった人々が「新結合」し、課題解決のためのイノベーションを始める場となる。しかし、ただ、ツールや場の提供だけでは充分な機能は発揮できない。新たな工夫が必要である。科学技術の円卓ともいえるナノテラスの仕掛けについて紹介する。

 「ナノテクノロジー」という語が現れてから50年が経つ。科学技術は、この間に著しい進歩を遂げ、今や半導体分野だけでなく、エネルギー、強力磁石材料、構造材料、食品など、あらゆる分野で、ナノメートルスケールの原子や分子で機能をデザインする時代となった。よってナノの世界で何が起きているのか観察できなければ、ナノの機能デザインなど画餅に過ぎない。

 ◇BL7本に優先権

 一口に観察と言っても、物質や生命の機能には、原子や分子がどう並び(配列)、それらの間を電子がどう動き回るか(機能)を観察するため様々な観察の手段が必要になる。それらを強力な光源のもとに集めたのが放射光施設だ。ナノテラスには、10本の「ビームライン(BL)」=図1=と呼ばれる計測するための設備がある。そのうち7本が産業界の技術課題解決に役立つ「コアリション(有志連合)ビームライン」として、官民地域パートナーシップの民間・地域側によって建設されている。

 施設整備に資金を拠出した企業・大学・研究機関は、コアリション会員と呼ばれ、7本全てのBLの優先利用権を得られる。それらの横断利用を通じて多角的な分析を行うことが可能となる=図2。成果公開を原則とする国の共用利用と異なり、コアリション利用では、事前の学術審査も、研究成果の論文発表も不要。研究開発の技術漏えいを防ぐことも容易となる。知的財産創出を強力に支援する利用形態が加わるのである。よって、ナノテラスでは、コアリション利用の産業ニーズと共用利用からの学術シーズとが「新結合」してイノベーションを生むことが期待されている。だからといって、企業に、これはいいツールだから使い方を勉強せよ、「新結合」は自然発生で、などというようでは話は進まない。そこでさらなる工夫が必要となる。

 ◇秘密保持で安全に

 コアリション会員は、解決したい課題に共に取り組む研究者の紹介を依頼できる。このマッチングでは、一対一の秘密保持契約を交わす。企業は安全に社外からの専門家と、課題解決に集中することが可能になる。そして、他の企業の産学共創チームとの間で激しく競争の火花を散らす。多数の企業がコアリションへの参加を表明するだけでなく(企業名は原則非公開)、北海道大、東北大、筑波大、東大、東工大、東京理科大、名古屋大、名城大、大阪公立大、NIMS(物質・材料研究機構)などの学術機関も企業と同じ条件で参画を決めた。既に、これらの学術機関は、放射光の専門家に限らず、データサイエンスなど様々な分野の第一人者をマッチング候補としてリストアップし始めている。ナノテラスは産学共創の「新結合」を生み出す場になろうとしている。

 次回は脱炭素化や資源循環など、個別の産学共創では解決不能な社会課題への挑戦を始めたコアリションの進化について述べたい。

◆用語解説

 ◆ナノテラス 宮城県仙台市で官民地域パートナーシップにより建設が進む世界屈指の光源性能を持つ3GeV高輝度放射光施設。

 ◆官民地域パートナーシップ 国の主体を量子科学技術研究開発機構、その地域パートナーを光科学イノベーションセンター(代表機関)、宮城県、仙台市、東北大、東北経済連合会とする整備・運用体制。パートナーは、多くの民間企業、大学、研究機関などからも資金拠出を受けている。

 ◆ビームライン 放射光を使い、様々な分析を行う設備。ナノテラスでは、様々な性質を画像や立体データで観測する「機能の可視化」に力を入れている。

【執筆者】

高田 昌樹氏

 高田昌樹氏=一般財団法人 光科学イノベーションセンター 理事長(兼任)
 東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター教授/総長特別補佐(研究担当)

 名古屋大学、理化学研究所などを経て、2015年東北大学総長特別補佐・教授。コアリションコンセプトを掲げ東北放射光施設計画に参画、17年より同センター理事長を務める。金属内包フラーレンの世界初の構造決定(1995年)など多数の放射光による研究成果をネイチャー、サイエンス誌に発表。博士(理学)。

電気新聞2024年2月5日