◇「軟X線」放射光発生に最適化/SPring―8と補完関係

 官民地域パートナーシップで建設が進む次世代型の高輝度放射光施設NanoTerasu(ナノテラス)。連載第1回では、科学技術の進展と国際競争力強化への貢献が期待されるナノテラスのプロジェクト発足の経緯や概要を解説した。第2回では、ナノテラスに採用される最先端加速器技術を詳しく紹介していこう。

 ◇「巨大な顕微鏡」に

 「巨大な顕微鏡」とも称されるナノテラスは、太陽の10億倍の明るさを持つ高輝度のX線を種々の測定・分析に用いるための施設である。そのような高輝度X線を得るために、ほぼ光速にまで加速された電子が磁石によってその進行方向を曲げられると、放射光と呼ばれる指向性が高く極めて輝度の高いX線が発生するという物理現象が応用される。このため放射光施設においては、電子を高エネルギーまで加速して円軌道を周回させる電子加速器が、高輝度X線光源としての主役を担う。

 ナノテラスでは、高エネルギー電子を周長349メートルの円軌道に閉じ込めて毎秒86万回周回させ、ひとつひとつの電子から放射光を繰り返し発生させるとともに、総閉じ込め電子数を約2兆個として放射光輝度を増大させる。この大量の光速電子の流れである電子ビームは、土星の環のように円軌道を形成し、環の断面は扁平な楕円(だえん)形状である。この楕円断面積を極限まで圧縮した高密度電子ビームを源泉とし、ナノメートルサイズに数多の高輝度X線を注ぐことを可能としたのがナノテラス最先端加速器光源である。

 ◇極限の楕円断面積

 ナノテラスはわが国初の、世界で4番目のMBA(Multi―Bend Achromat)加速器光源として稼働する。高エネルギー電子を円軌道に閉じ込めるのはフレミングの左手の法則(ローレンツ力)である。

 上空から見て反時計回りに進む電子ビームの理想軌道は、軌道面の下にN極、上にS極を持つ偏向磁石が、電子に軌道中心方向の力を与えて形成される。さらに、理想軌道の外側に小さな偏向磁石と内側に上下反転対称の偏向磁石を持つ四極磁石が、理想軌道から外れた電子を元に戻す力を与えることにより、電子ビームを理想軌道周辺に閉じ込める。多重の偏向(Multi―Bend)磁石と多極(四極)磁石配列による閉じ込め効果と、色収差をなくす配列間のアクロマート(Achromat)が「MBA磁石配列」を構成し、従来技術で達成不可能であった楕円断面積圧縮、すなわち高密度電子ビームを実現した。電子ビームの楕円断面サイズは長軸が髪の毛の太さ程の0.12ミリメートル、短軸はその20分の1である。

 ナノテラスは、比較的波長の長い「軟X線」と呼ばれるエネルギー領域の放射光発生に適した設計となっており、より波長の短い「硬X線」の発生に関して世界最高性能を有する放射光施設SPring―8(スプリングエイト)とで、互いの得意とするX線波長領域を補完し合うものである。

 ナノテラスの最先端加速器の建設においては、スプリングエイトのこれまでの運転経験やR&Dが惜しげなく投入されている。

◆用語解説

 ◆高エネルギー電子 ナノテラスでは30億ボルトの高電圧で加速したエネルギー30億電子ボルトの電子を放射光発生に利用する。光速の99.9999985%の速さを持つ。

 ◆軟X線と硬X線 波長千分の1ナノメートルから10ナノメートルのX線のうち、0.2ナノメートル(2オングストローム)より短いものを硬X線、長いものを軟X線と呼ぶ。

 ◆SPring―8 兵庫県にある周長1436メートルの世界最高性能の大型放射光X線施設の一つ。電子ビームのエネルギーは80億電子ボルト。

【投稿者】

内海 渉氏

 内海 渉氏=国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構 次世代放射光施設整備開発センター・センター長

 住友化学、東京大学物性研究所、日本原子力研究所、日本原子力研究開発機構を経て、2018年より現職。放射光、中性子、高強度レーザーなどの各種量子ビーム施設を渡り歩き、現在NanoTerasuの完成を目指して奮闘中。博士(理学)。



西森 信行氏

 西森 信行氏=国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構 次世代放射光施設整備開発センター・高輝度放射光研究開発部 加速器グループリーダー

 ナノテラス加速器の設計・製作・設置の全体統括と、建屋インフラ設備との調整に従事。2024年度からのユーザー運転に向けた加速器試運転を進めている。博士(理学)。


電気新聞2024年1月29日