2018年3月11日、東日本大震災の発生からちょうど7年を経て、石川迪夫氏の著書『考証 福島原子力事故 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』の増補改訂版が発刊された。以下に、初版(2014年3月発行)から、大幅に記載が充実した箇所について抽出してみる。

 第一部第1章では、福島事故を読み解く鍵となる米スリーマイル島原子力発電所(TMI)事故の経緯などを、それ以降の福島事故の予習のために詳細解説しているが、増補改訂版においては、燃料被覆管の酸化による化学反応の熱が、事故後大幅に低下していく燃料ペレットの崩壊熱の発熱を大幅に上回っているとの解説に、データを加えて強化しているのが特徴である。

 崩壊熱に関する記述(33ページ)や、PBF実験、NSRR実験の際の燃料棒の損傷挙動で、燃料被覆管の酸化と冷えてから起きる燃料棒の分断(39ページ)の具体的データとして、ジルカロイ被覆管の温度と酸化される時間の関係の詳細な表とともに解説が掲載されている(備考注釈1-1、53ページ)。それによると、1600℃を超えると酸化ジルコニウムの結晶系が立方晶系に変化するため、酸化速度は急激に増大し、0.5mmの厚さの被覆管の場合、1700℃では数分で酸化される。これ以下の温度では正方晶系であり、1500℃では1.1時間。1100℃では22時間もかかるという。

 米国TMI事故の時系列解説も拡充されている。事故後174分後に1次冷却材ポンプを起動し、炉心に多量の冷却材が流れ込み、灼熱された燃料棒に冷や水が浴びせられ、その2分後に一次冷却材の放射能が急増し、燃料破損が明らかとなり、サイトに緊急事態が発令された。これをきっかけとして、燃料棒の崩落が発生し、炉心の中性子の急激な変動が記録されている。水面近傍にあった健全な燃料棒にとっては、崩落してきた燃料破片が落下して山積みとなり、冷却が阻害されて、「文字通り青天の霹靂」となったとの記載(55ページ)から、原子炉圧力と事故シーケンスと、溶融燃料混合物の原子炉容器下鏡の下部プレナムへのリロケーション(58ページ)が詳細に解説されている。

 またこれを補強するため、TMIの溶融炉心のスケッチ図についての考察も加えられた(60~63ページ)。ここでは、燃料棒のジルカロイが主体の3元合金の挙動やTMI-2号で10年後に原子炉容器の上蓋を開けて発見された巨大卵の殻とジルコニウムの表面の強靭な膜について詳述されている。

 さて、この基礎知識が実は非常に重要である。第一部第2章の福島事故の考証でそれが生きてくるのだ。

 3号機では、隔離時注水系(RCIC)の注水が停止し、次いで自動起動したHPCIの作動が停止した後で炉心が空焚きになって、炉心が「じくじく反応」状態に達してから、炉心に海水注入した段階で、高温になった炉心が一気に化学反応による発熱が加わり、炉心溶融が発生したことが詳細に解説されている(159ページ)。じくじく反応があることは初版でも述べられていたが、前述の備考注釈1-1(53ページ)の実験結果に基づく理論計算で補強されている。

 このじくじく反応は2号機についても同じだと指摘している。海水注入後に2号機の格納容器圧力は0.4MPaから0.75MPaに急上昇して、格納容器から漏洩した蒸気と核分裂生成物(FP)が漏洩し、飯館村方向に吹いていた風にのって地元に深刻な汚染をもたらした。つまり崩壊熱に、ジルカロイと水蒸気の「じくじく反応」が加わり、さらに海水注入によって多量の水蒸気や水素が発生し、これが格納容器圧力の急上昇になったと考えられる。

 2号機、3号機の考証に続く「炉心溶融が起きる経緯とその防止」(178ページ)は、これらの検討結果をもとに、数ページにわたり追加された解説である。TMI、福島第一2号機、3号機で起きた炉心溶融は、全て高温の炉心に冷水を注入したときに起こったことが矛盾なく説明されたとし、原子炉を減圧して蒸気の流れで燃料を冷却して温度を低下させ、このタイミングで炉心注水すれば、激しい炉心溶融を回避できると論じている。燃料を冷やしておけば、炉心注水しても水ジルコニウム反応による水素の発生や、それに引き続く格納容器からのFPと水素の漏洩、地元汚染や水素爆発が防止できるのだ。

 そして第二部第5章は、初版の「考証結果」を「考証結果と新たな知見」(351ページ)と改題し、大きく拡充している。考証結果を再度まとめるだけでなく、今後行われるべき研究として、炉心溶融プロセスの解明実験の実施、格納容器ベントやフィルターベントの適用による格納容器設計の見直しなどを提案。新たな災害緩和対策(MISSAD)として、自然災害やテロに対する包括的な社会に対する新しい緩和手段構築の提案がなされている。

 なお、『考証 福島原子力事故』の知見は、初版段階でも、既に世界的に反映されつつある。原子炉をSR弁開放で減圧して、復水補給水系(MUWC)ポンプ等で炉心注水することや、圧力抑制プールを用いたベントなどの対策であり、現在、圧力抑制プールやフィルターベントのFP除去メカニズムを詳細に検証する国際プロジェクトがスタートしている。また、格納容器のないロシアの原子力発電所の原子炉建屋へのフィルターベント設置の検討も開始されている。

 以上のように、本書の世界の原子力発電所の安全性向上に果たした役割は極めて大きい。ぜひ、増補改定版も熟読されることをお勧めする。

 わが国の太陽光発電の設備容量は今や50GW(1GW=100万kW)も設置されたのであるが、太陽光の年間の発電実績は全需要(kWhベース)のわずか3%である。かつてのわが国の50基の原子力発電所は、全需要の30%を供給していた。太陽光にFITで年間約3兆円、20年間の月賦の徴収で90兆円以上にものぼるとの試算値がある。主力電源にするには、単純計算で、この10倍の900兆円が必要となる。

 「こんな事をしていたのでは、日本は衰退に向かうでしょう」と石川先生がおっしゃることに全く同感であり、この著書の知見をもとに世界の原子力発電所の安全性を向上させることが必要であることを付記して、僭越ながら書評とさせていただきたい。