仙台市の東北大学青葉山新キャンパスに今年完成する次世代放射光施設NanoTerasu

 ◇整備費用、官民共同で資金確保/共用と専有利用の両輪で

 「官民地域パートナーシップ」で建設が進む次世代型の高輝度放射光施設NanoTerasu(ナノテラス)は、わが国の科学技術の進展と国際競争力強化への貢献が期待されているイノベーション・インフラである。5回の連載で、ナノテラスの光源性能と計測装置、シーズとニーズの循環、産学共創の仕組み、リサーチコンプレックスの形成などの解説を通じて、様々な階層での新たな結合が生むイノベーションの可能性に迫る。

 新年が、令和6年能登半島地震のニュースから始まった。被害を受けられた皆さまに、心よりお見舞い申し上げるとともに、被災地の一日も早い復興を祈るばかりである。

 ナノテラスの計画は、東日本大震災からの東北地域の復興を願い、2011年に生まれた東北放射光施設計画を起源とする。12年を経て、仙台駅から地下鉄で9分、市街を見おろす青葉山の地に、今年、ナノテラスは完成する。イノベーション創出の切り札として、「我が国の科学技術の進展と国際競争力強化」、「施設を中核としたリサーチコンプレックス形成」をミッションとする。

 ◇太陽の10億倍の光

 ドーナツ型の屋根を持つこの施設=写真=は、最先端の加速器技術で太陽の10億倍ともいわれる超高輝度のX線の光を生みだし、「ナノの世界をテ(照)ラス」。脱炭素社会を実現する先端技術開発に革命的な進歩をもたらすと期待され、再生可能エネルギー、EV(電気自動車)化への対応から、情報通信、自動車、医療、エネルギー、工業まで、あらゆる分野の研究開発に利用される。

 総額380億円にも上る建設・整備費用に地域・民間からの資金を活用する仕組として、新たに導入されたのが「官民地域パートナーシップ」である。それは、同時にイノベーションの語源である「新結合」を生み出す。

 これまで、国が放射光施設を建設する際には、整備費用のほとんどを国が支出し、大部分の利用時間を公募と審査によって選ばれた研究者に与えてきた。研究成果は論文等で公表され、「科学技術の進展」に貢献し国民に還元する仕組みで運用されていた。「共用利用」である。

 ナノテラスでは、国はその整備・運用主体である量子科学技術研究開発機構を通じて、総建設費のうち200億円を投じる。放射光を生み出すのに必要な電子加速器と、共用利用を行うビームラインと呼ばれる計測装置3本を建設する。

 他方、地域パートナーの光科学イノベーションセンター(代表機関)、宮城県、仙台市、東北大学、東北経済連合会は、用地整備、建屋、成果専有利用のためのビームライン7本の建設を担う。残り180億円の建設資金は企業、大学、研究機関からも集められ、資金を拠出した組織は、課題審査不要の優先的な成果専有利用権を得ることができる。コアリション(有志連合)利用である。

 ◇新たな価値創造へ

 この共用と専有利用の両輪により、あらゆる階層のプレイヤーが施設に集い、新しい価値を創造するイノベーション創出の拠点となる。

 ただし、この官民地域パートナーシップだけで、イノベーションは創出されない。次回以降は、加速器技術とエコシステムに向けた取り組みについて紹介していく。

◆用語解説

 ◆放射光 電子を光速近くまで加速し、そのエネルギーから作り出す高輝度・高指向性の光。高いエネルギーを持つ光で、ナノからミクロンの分解能で物質の内部構造や電子状態などを詳細に観察できる。

 ◆ビームライン 放射光を利用するための一連の装置。

 ◆リサーチコンプレックス 研究機関、企業、大学などが集まる複合型のイノベーション推進地域。新結合が起きることで最先端の研究開発、社会実装、人材育成の機会が得られる。

 【執筆者】

高田 昌樹氏

 高田 昌樹氏=一般財団法人光科学イノベーションセンター理事長(兼任)東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター教授/総長特別補佐(研究担当)

 名古屋大学、理化学研究所などを経て、2015年東北大学総長特別補佐・教授。コアリションコンセプトを掲げ東北放射光施設計画に参画、17年より同センター理事長を務める。金属内包フラーレンの世界初の構造決定(1995年)など多数の放射光による研究成果をネイチャー、サイエンス誌に発表。博士(理学)。

内海 渉氏

 内海 渉氏=国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構次世代放射光施設整備開発センター・センター長

 住友化学、東京大学物性研究所、日本原子力研究所、日本原子力研究開発機構を経て、2018年より現職。放射光、中性子、高強度レーザーなどの各種量子ビーム施設を渡り歩き、現在NanoTerasuの完成を目指して奮闘中。博士(理学)。


電気新聞2024年1月22日