<<前回へ

バナー_石川迪夫_福島原発

電気新聞2018年3月28日掲載のコラムを加筆・修正しています

 早いもので、東日本大震災が起きてから7年半以上の時が過ぎた。震災が日本社会に与えた大きな変化には、原子力発電に対する不信と、自然災害に対する心配がある。

 前者は、7年半経っても動かせない原子力発電所の数がその現れだ。現存する原子力発電所39基のうち、稼働しているのは9基だけである[編注:2018年9月26日現在。廃止、建設中は除く]。自然災害への不安は、大震災だけではない。頻発する地震に加え火山の噴火、激化する大雨に山崩れ、最近は地球温暖化による気象変化が加わって、心配の種を作っている。これは、この20年来始まった地球全体での変化だから、全く新しい勉強課題だ。対策はその後の話だ。

 だが世間は面白い。自然災害と名がつくと、魔法にかかったように拍手を送り、理解に努め、疑問を抱かなくなるから不思議だ。過日テレビで流された南海トラフ地震の想定映像は、津波の水没地域を色別して地図に示していた。よく分かると好評だったらしいが、全てが仮定の元で作られたフェイク映像だ。信用すると大変なことになる。

 どのような計算かは知らないが、津波の高さは場所で変わるし、津波の動く方向によって襲来場所も変わる。津波の高さだけで水没地は決められない。更に言えば、計算の元となる地震の大きさも憶測の数値だ。放送関係者は庶民が持つ自然災害への不安感を利用せずに、社会不安の機微、根源を察知して、間違いのない情報を伝える責務がある。

 同じような実例に、規制委員会の津波対策がある。大金を掛けて20メートル余の防潮堤を建設した原子力発電所もあるが、この防潮堤に科学的な安全の根拠があると言えるであろうか。わずか250年前のことだが、石垣島を襲った八重山津波は85メートルあったことが、石碑に残されている。アラスカには500メートルを超える津波の痕跡があるという。

 このような大津波に対して、20メートル余の防潮堤が無力なことは言うまでない。津波は、科学的にはまだ解明されていない。規制庁は、科学の現状を確り把握して、有意な規制を行うべきだ。

 法曹界も同類だ。広島高等裁判所は、海を隔てた阿蘇の噴火が伊方発電所の安全に影響するとの判決を下した。どこにその根拠があるのだろうか。幸いにしてこの件は、同高裁の異議審において「発生頻度が著しく小さい」との理由で四国電力の主張が認められたが、判事の中には科学常識を持たず、不確かなSF小説的判断がお好きな人がいるようだ。

 こう見てくると、我々は自然災害を知っているようで、案外無知である。原子力も同じであった。強固な発電所を作る条件として、過去最悪の災害を選び、それを設計の基礎データとして使ってきた。これが誤りであった事が、福島事故によって判明した。今考えれば、テロ同様、社会に危害を加える脅威と考え、対策を立てるべきであった。福島事故はこの弱点を突かれた。なお、付言しておくと、過去最悪の自然災害を設計基本データとする考え方は世界共通である。これは改められるべきであろう。

 自然災害に対する安全は、今後の勉強課題だ。といって、手をこまねいていたのでは、我々は生活ができない。マスコミによる先取り紹介は有益だが、フェイク画像やSF判断に肩入れした報道は風評被害の因、肩が凝らない代わりに国並びに国民の利益を損ねかねない。

 話を福島事故に戻す。最大の関心事である事故の道筋は、数年前に解明されている。特に炉心溶融の開始が、高温の炉心に冷却水が入ることが発端である事が、今では分かっている。

 炉心溶融を引き起こした発熱も、広く知られている崩壊熱ではなく、冷水と高温被覆管ジルカロイの化学反応熱である。爆発を起こした大量の水素ガスの発生は、この化学反応で還元された水の水素だ。溶融も爆発も、共に原因は一つ、高温の炉心に冷水を注いだことに端を発する。

 このように、溶融、爆発が起きた事故の経緯は、米スリーマイル島(TMI)原子力発電所事故も含めて、4つの軽水炉の事故全体に共通する経緯だ。4つもの事故経緯が同一で、事故経緯を齟齬無く説明できるとなれば、その理由は事故発端の普遍的事実と見て良い。自然現象とは相違して、福島事故の道筋は既に解明されている。

 少し説明を加えておこう。平常運転中の原子炉で被覆管と水の反応が起きないのは、被覆管温度が低いために、化学反応が起きる条件を満たさないからだ。この知識を応用すれば、あの事故においても、炉心溶融は阻止できた。

 故・吉田昌郎所長の下した原子炉の減圧命令がそれだ。原子炉を減圧することで噴き出る蒸気が炉心を流れて冷却しつづけるので、被覆管温度が下がり、化学反応が起きる条件から外れる。これにより注水と反応できなくなる。従って、炉心溶融は起きない。減圧直後に、直ちに注水が実行できていれば、3号機の溶融はなかったであろう。残念なことに、注水が2時間遅れた。[編注:福島原子力事故を読み解く(3)参照]
 
 なお、高圧注水ポンプ(HPCI)の作動も同じ働きをする。東電のデータによれば、HPCIが作動している間は、原子炉圧力は約10気圧程度にまで下がっていた。この状態での被覆管温度は180℃と低いから、水と反応出来ない。反応がなければ、炉心溶融は起きないし水素爆発がないことは、先に述べた。HPCIの作動も、効果は減圧と同じだ。[編注:福島原子力事故を読み解く(5)参照]

 この事については、4年前に拙著で発表した。専門家の間では比較的良く知られた事実だが、マスコミは取り上げない。事故事象が複雑で難解であることにくわえて、原子力嫌いだから伝えたくないのであろう。だから国民は、事故で起きた溶融、爆発の経緯が明らかになっていることを、未だに知らない。報道の自由とは、国民の知りたい情報を伝えない自由でもあるらしい。

電気新聞2018年3月28日
 


 

東京電力・福島第一原子力発電所事故から7年。石川迪夫氏が2014年3月に上梓した『考証 福島原子力事故ー炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』は、福島原子力事故のメカニズムを初めて明らかにした書として、多くの専門家から支持を得ました。石川氏は同書に加え、電気新聞コラム欄「ウエーブ・時評」で、事故直後から現在まで、福島原子力事故を鋭い視点で考証しています。このたび増補改訂版出版を記念し、「ウエーブ・時評」のコラムから、事故原因究明に関する考察を厳選し、順次掲載していきます。