ラトロブバレーにある炭鉱。採掘される褐炭は隣接の発電所で消費される

◆Jパワー、豊富な「褐炭」をガス化

 オーストラリア・ビクトリア州の州都であるメルボルンから車で東に約2時間。140年近い歴史を持つ郵便局がランドマークの地方都市・同州トララルゴンを過ぎると、辺りは一面の田園地帯に変わる。牛が草をはむのどかな風景とは対照的に、何層にも掘り下げられた石炭の採掘場が姿を現す。ラトロブバレーにある露天堀りの炭鉱だ。

 産出されるのは低品位炭の「褐炭(ブラウンコール)」。炭鉱は縦5キロメートル、横2キロメートルと広大で、遠くで稼働するクレーンがかすんで見える。褐炭は、隣接する豪エネルギー大手AGLエナジーのロイヤンA発電所にベルトコンベヤーで供給。州内の需要電力の過半を賄う。

 豪州国内の褐炭埋蔵量は日本の電力量換算で240年分とも推定され、このラトロブバレーも枯渇の心配などどこ吹く風。「炭田はまだまだ広がっています」。Jパワー(電源開発)の担当者はこう説明する。

 ◇年3万~4万トン

 褐炭をガス化し、クリーン水素として生まれ変わらせる――。Jパワーは、2021年1月から同地でパイロットプラントによる水素製造の試験に取り組んできた。日本への輸送までを見据えた日豪水素サプライチェーン構築実証の一環だ。初期段階として、30年に年間3万~4万トンを製造する目標を掲げる。

 褐炭は重量当たりの発熱量が低く、発電効率も悪い。揮発性が高いため、乾燥すると自然発火しやすい欠点がある。ブラウンコールの呼称通り、一見すると土のような形状をしており、すくい上げるとぼろぼろと崩れてしまう。

 水分含有量は瀝青炭や亜瀝青炭が30~40%なのに対し、褐炭は60%程度。重くかさばることから輸送には向かず、自ずと炭鉱近隣での発電利用などに用途は限られる。一方、生産コストは安く、競争にさらされにくいのが特長だ。

 水素製造の工程はこうだ。まず前処理設備で褐炭を十分に乾燥させ、ミルで粉々にした後、ガス化設備に送られる。細かくなった褐炭は「蒸し焼き」にして水素と一酸化炭素が混在する合成ガス「シンガス」を製造。触媒下で水蒸気を加え、化学反応によって水素を増やしてから、二酸化炭素(CO2)と分離させる。

 副生的に発生するCO2は、二酸化炭素回収・貯留(CCS)で地下に埋めるため、できあがるのは「ブルー水素」だ。「一連の工程を炭鉱のそばでやれるのが強み」(火力エネルギー部計画室水素エネルギータスクの中村仁礼・総括マネージャー)という。

 ◇大規模化が必要

 Jパワーは、00年代初頭から多目的石炭ガス製造技術(EAGLE)の開発で知見を蓄えつつ、その成果を中国電力との共同事業である「大崎クールジェンプロジェクト」に反映。技術力を生かし、パイロットプラントは21年2月、豪州褐炭からでは日本企業初となる99.9%以上の高純度の水素をつくることに成功した。

 実証で製造した水素の総量は約1トン。商用化にはスケールアップが必要で、今後設備の仕様など検討を深めていく考えだ。技術開発部の小谷十創部長補佐は「クリアすべき課題はある。理想論ではなく、どうやったら実現できるかを見極めていきたい」と話す。

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 資源大国・豪州のエネルギー政策が難しい局面に差し掛かっている。カーボンニュートラルの機運の高まりを受け、政府は再生可能エネルギー拡大へ野心的な目標を掲げ、環境規制を強化するが、あまねく賦存する化石燃料を使わない手はない。同国の選択は、豪州のプロジェクトに参画する多数の日本企業にも影響を及ぼす。現地を取材した。(稻本登史彦)

電気新聞2023年11月9日