◇5Gで通信業界も取り込み/ハード依存から脱却目指す

 5Gについて「もはや携帯ネットワークでも、通信サービスでもない」と口にする専門家は多い。確かに遠く離れた建設ロボットを自動操縦したり、仮想コンサートで数千万人が歌やダンスに酔いしれたりする5Gの未来像は、スマホ・アプリの世界とは程遠い。では、「5Gのゴールはなにか?」と問われれば、通信事業者がクラウド事業者に脱皮する壮大な「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」と答えるしかない。

 5Gデジタル・トランスフォーメーションを理解するため、ちょっと情報通信放送史に触れてみよう。ほんの20年ほど前まで、巷(ちまた)には「携帯電話」や「地上波テレビ」、「オフコン(オフィス・コンピュータ)」などが溢れていた。それぞれが専用のネットワークと端末を使う独立サービスで、戦国時代に例えるなら群雄割拠だった。「放送と通信の融合」といった小競り合いはあったものの、誰も覇権を握れなかった。

 

クラウド業界はAI処理専用機器を導入する動きが広がっている

 ◇クラウドに染める

 そこにパブリック・クラウドが登場する。映像、音声、データなど、あらゆる情報に対応する「超分散」能力と、巨大データセンターで大量処理を瞬時にやってのける「超集中」能力を併せ持つ怪物だ。

 パブリック・クラウドはまず、企業情報処理サービスを征服し、オフコンは姿を消した。ネットフリックスやユーチューブなどを通じて放送にも覇権を広げ、パソコンや携帯向け放送が広がった。アマゾンを筆頭に、EC(電子商取引)で小売業界を征服し、スマホ・アプリで電話業界やゲーム業界も支配下に収めた。

 アマゾン・ウェブ・サービスやグーグル・クラウド、マイクロソフト・アズールに代表されるパブリック・クラウドは、世界中に巨大な幹線網とデータセンターを整備し、あらゆるインフォメーション・サービスの頂点に君臨している。そして今、傘下に収めた個別サービス業界をクラウドへ染め上げている。

 つまり、パブリック・クラウド業界から見るなら、5Gとは通信事業者をクラウドに取り込むことであり、通信業界から見るならクラウド事業者に脱皮するDXといえる。

 「5Gでクラウド色に染め上げる」ことを専門用語では、「クラウディフィケーション」と言う。4Gまで、通信事業者はノキアやエリクソン、ファーウェイなどの大手通信機器ベンダーから機器を購入してサービスを構築してきた。音声やメール処理にせよ、経路制御や相互接続性にせよ、機器ベンダーがソフトウェアをIC(集積回路)チップに焼き込んで開発した。これをハードウェア依存の開発パイプラインと呼ぶ。

 ◇AIサービス軸に

 モバイル・アプリ時代、ハード依存の通信網は問題なかった。しかし、2018年頃からパブリック・クラウドがAI(人工知能)サービスを成長戦略の主軸に置いた後、ハード依存は厄介となる。遠隔で建設ロボットを動かしたり、仮想空間でアバターがコンサートを行ったりすることはAIサービスそのものだ。

 AIサービスを実現するには、これまでデータセンター内でやっていたソフトウェア管理を末端まで広げること、つまりソフトウェアを端末(ロボットや自動運転車、仮想/拡張グラスなど)まで届け、管理する必要がある。

 このソフトウェアのやり取りに特化したネットワークを「ソフト依存型開発パイプライン」あるいは「クラウディフィケーション」と呼び、それこそが5Gの目的だ。しかし、50年かけて成長してきたハード依存の通信網が3年や5年でソフト依存に脱皮できるものでもない。

 とはいえ、巨大な投資を伴う5Gを整備するためには、利用者にメリットをアピールする必要がある。「100倍速く、遅延は20分の1になる」などAIサービスとは無関係なポイントをアピールするのは、そのためだ。

 いま、欧米の主要な通信事業者は、パブリック・クラウド業者との連携を深め、5Gアドバンスへと向かっている。アップルが待望の仮想/拡張現実グラスを発表するなど、端末メーカーも追いついている。利用者にとって5年間の待ちぼうけはつらいが、楽しみはこれからというところだろう。

◆用語解説

 ◆クラウディフィケーション データセンターで利用されている仮想化技術などを通信ネットワークに展開すること。

 ◆パブリック・クラウド 複数の企業がクラウドを共有する様式。コストを削減できることや技術開発を依存できること、セキュリティーなどの高度な対応が利用できることなどがメリット。データセンターだけでなく、幹線網や海底ケーブルなどの情報基盤まで持つ事業者を「ハイパースケーラー」と呼ぶ。

 電気新聞2023年6月19日