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バナー_石川迪夫_福島原発

電気新聞2014年10月3日掲載のコラムを加筆・修正しています

2014年7月8日付の本欄<編注:「福島原子力事故を読み解く(2)」参照>で、「液化した溶融炉心が流れ落ちて、圧力容器はおろか格納容器の床までも溶かす、チャイナシンドロームもどきのグラフィック映像は非科学的で現実に起きない。その証拠に、TMI<編注:米スリーマイル島原子力発電所>の溶融炉心は元の炉心位置に固化して残っていた」と書いた。

 この説明が、一般読者には分かり難かったらしい。炉心溶融は起きないと書きながら、なぜTMIに溶融炉心が存在したのか、といった幾つかの質問が来た。もっともな疑問で、その理由を述べておかねばならない。

 理由の一つに「溶融」という言葉が持つ印象があり、今ひとつに「輻射熱」<編注:熱が電磁波の形で物体から物体へ直接伝えられる現象。この稿では、崩壊熱によって高温になった炉心から周辺に放射される熱を指す>の大きさに理解不足がある。

 溶融という言葉はどろどろとした液体を感じさせる。従って、融点の高い炉心が溶融すれば、流れ落ちて格納容器の床を溶かすのは当然であり、その熱源が炉心の崩壊熱となると無限になくならないから尚更だ。チャイナシンドローム話は、誇張はあるにせよ事実に近いと感じる人が多い。だがこの感覚が間違いで、現代の迷信を生む因となる。

 その理由は高温物体から放射される輻射熱の大きさにある。輻射熱は絶対温度(K)の4乗に比例して放出されるから、温度上昇に対する輻射熱量の増大は、低温環境で生活する我々の感覚を遙かに上回って大きい。簡単に示しておこう。

 我々が使う電熱ヒータの温度は精々1000Kだ。一方,原子炉燃料の二酸化ウラン(UO2)の融点は3000K以上で、3倍以上も高い。従って、融点近傍にある燃料棒から放射される輻射熱量は、ヒータに比べて(3の4乗倍)大きくなり、81倍にもなる。輻射放熱は、温度が高くなると天文学的に増加するのだ。

 原子力関係者も含めて、チャイナシンドロームを信じる誤謬(ごびゅう)の原因は、輻射熱が我々の感覚を超えて巨大なところにある。

事故後のTMI炉内状況(NRCホームページより)
事故後のTMI炉内状況(NRCホームページより)

 では何故、TMIでは炉心溶融が起きたのか。答えは簡単、事故の過程で炉心を包む坩堝(るつぼ)が出来たから、中の炉心が溶けた。その坩堝とは、TMI事故後の調査スケッチ=図=に描かれた、溶融炉心を包む外皮のことだ。

 この外皮(坩堝)の中に取り込まれた燃料材料が、崩壊熱によって徐々に熱せられて溶融したのがTMIの溶融炉心だ。その一部は横に流れて圧力容器の底で固化しているが、圧力容器の底を溶かしてはいないことは注意すべき点だ。また、水蒸気爆発などの激しい熱的擾乱(じょうらん)の痕跡がないのも、炉心溶融が坩堝の中での出来た事と考えれば、合理的に納得できる。

無料画像
るつぼのイメージ

 坩堝は普通、金属を溶かすのに使用する。輻射熱を閉じ込めて放熱を少なくするためだ。その証拠に、坩堝から出た溶融金属はすぐに固化する。

 これを炉心に当てはめると、溶融近傍の高温状態にある炉心が溶融するには、放出している輻射熱以上の発熱を続けねばならない。輻射熱の熱量は上述のように大きく、崩壊熱だけでは不足する。溶融温度に近づくに連れて、燃料棒からの輻射熱は大きくなるので、炉心温度は一定以上に上昇できないのだ。僕の粗い計算では、2000℃そこそこだ。これは炉心溶融温度(約2200℃)より低い。

 詳細は他に譲るが、炉心で坩堝を作り崩壊熱を閉じ込めたのは、高温のジルコニウムと水との巨大な反応熱だ。この熱で、燃料材料のUO2(二酸化ウラン)とジルカロイ<編注:ウラン燃料の被覆管材料でジルコニウム合金の意味>が互いに癒着合体して拡大し、絵に示されるような炉心の大半を覆う卵の殻状の坩堝が作られたと考えている。

 福島の炉心溶融も、同じようにして起きたに相違ない。炉心溶融時点で圧力容器に水が存在していた2、3号機の事故の状況は、TMI事故と非常に類似している。

 1号機については、圧力容器から完全に水が失われた後に、溶融は起きている。炉心溶融の始まりを示す大量の水素ガスの発生と爆発が起きたのは、水がなくなってから15時間も後のことだが、その間に坩堝を作る反応が起きたデータはない。炉心は、輻射熱を放射しながらどのように変化していたのか。この検証は今後の研究課題だ。

 軽水炉心は、水を失っても溶融液化しない。炉心とは、非常な高温に長時間耐え得る構造物だ。その秘密は、高温の燃料棒が放射する大きな輻射熱にある。

電気新聞2014年10月3日

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東京電力・福島第一原子力発電所事故から7年。石川迪夫氏が2014年3月に上梓した『考証 福島原子力事故ー炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』は、福島原子力事故のメカニズムを初めて明らかにした書として、多くの専門家から支持を得ました。石川氏は同書に加え、電気新聞コラム欄「ウエーブ・時評」で、事故直後から現在まで、福島原子力事故を鋭い視点で考証しています。このたび増補改訂版出版を記念し、「ウエーブ・時評」のコラムから、事故原因究明に関する考察を厳選し、順次掲載していきます。