半導体の材料として究極とされるダイヤモンドが注目を集めている。東京工業大学工学院電気電子系の波多野睦子教授は、ダイヤモンドの特性を生かしたパワー半導体、量子センサーの開発で世界としのぎを削る。デバイスの省エネ化に加え、適用範囲が広く室温でも作動するセンサーは「超スマート社会」の基盤技術と目される。日本は応用研究で欧米に遅れ気味といい、波多野教授は「国際的な競争力を考えると、異分野融合型で産業界も含めた推進体制の構築と人材育成が不可欠」と訴える。
ダイヤモンドのパワー半導体で大幅効率化。量子センサー形成も
半導体の材料はシリコンに代わり、炭化ケイ素(SiC)などを使った次世代素材に比重が移っている。中でも炭素が密に結合したダイヤモンドは、シリコンに比べ熱伝導率が14倍、耐電界性能が30倍にもなる。究極の半導体材料といわれるゆえんだ。波多野教授はダイヤモンドをパワー半導体として利用する技術を確立、電力供給の効率化につながる成果を上げた。発熱量が少なく、高電圧に耐えられるデバイスは電力ロスの削減、機器の小型化に直結する。
もう一つのダイヤモンドの特性が、室温で機能する量子センサーを構築できる点だ。ダイヤモンド結晶の中で炭素原子が窒素に置き換わり、隣に炭素原子が脱落した空孔があると、閉じ込められた電子が量子力学的な効果を維持する。これを利用すると従来技術では難しかった微弱な磁場、電場、温度、ひずみなどを検出するセンサーが実現できるという。
波多野教授の研究室では人工ダイヤモンド中にセンサーを形成する独自の装置を保有しており、感度の向上や安定的な制御、基盤上へのダイヤモンド膜合成といった研究を続けている。1月にはダイヤモンドのパワー半導体内部にセンサーを形成して、電界をその場で正確に計測するという研究成果も発表した。
超スマート社会の基板技術として有望。価値創造が課題に
量子センサー技術は、ナノレベルの生命科学からエネルギーインフラまで適用範囲が広い。政府のソサエティー5.0が目指す超スマート社会の基盤技術としても大きな可能性を秘めるだけに、世界的な競争も激しい分野だ。日本は材料作製やデバイス開発などに強みを持つ一方、応用研究の面では欧米が先行しているという。波多野教授は「国を挙げて応用研究に力を入れるべき時。医療からエネルギー、製造業まで幅広く取り込み、若手研究者が異分野融合型で多様な領域を拓くような推進体制を整備する必要がある」と強調する。
異分野融合は、波多野教授が学生の教育に当たって掲げてきたテーマでもある。もともと日立製作所の研究者だった波多野教授は、米カリフォルニア州立大学バークレー校で3年間共同研究に当たった経験がある。「多様な人材が融合してイノベーションが起こっていることを身をもって感じた」と振り返り、専門の違う学生同士が触れ合う機会を大切にしてきた。
異分野融合の推進体制と人材育成で価値創出を
実際、プログラムコーディネーターを務める東工大の環境エネルギー協創教育院では、大学院課程の学生を対象に、専門の枠を超えた視野を持つ人材づくりに取り組んでいる。異分野、産学官、国際連携という3つの「協創」を軸に、修士・博士の一貫教育を行っているのが特徴だ。電気電子系の学生が建築系の単位をとるといった異分野研究をはじめ、産業界から講師を招いた講義、国際的なインターンシップなども実施している。
「日本は与えられた課題を解決することを得意にしてきたが、これからは価値を創造することが重要。社会を自分でグランドデザインできる学生を育てていきたい」と話す波多野教授。産業界を振り出しに米国の研究環境も肌で感じてきただけに、イノベーションを創出し、グローバルに活躍できる人材づくりへの思いが人一倍強い。この思いは、ダイヤモンド量子センサーの可能性を追究するため、日本全体の推進体制構築を促す発想にもつながっている。
研究室概要
東京・大岡山にある東京工業大学のキャンパスで、ひときわ目立つ建物が環境エネルギーイノベーション(EEI)棟だ。波多野教授の研究室が入るこの建物は、太陽光発電パネルに囲まれ、屋上には燃料電池も備える。研究フロアには壁がなく、多様な分野の学生が集まる。波多野研には博士課程を中心に29人が所属。先進研究に意欲的に取り組んでいる。