電気新聞編集局長 間庭 真弘 地球環境産業技術研究機構理事・研究所長 山地 憲治氏

右:地球環境産業技術研究機構 理事・研究所長 山地憲治氏
左:電気新聞編集局長 間庭正弘

 電力・エネルギー産業は、大きな変革の時代を迎えている。発送電分離に象徴される電力システム改革のみならず、デジタル化という技術革新のうねりが押し寄せ、これまでにない可能性が広がるが、社会基盤を支えるインフラ産業としての特性といかに融合させるかという視点も引き続き欠かせない。11月3日で創刊110年となる電気新聞が、この時代の変わり目に、専門新聞としてどのような役割を果たすことができるのか、山地憲治・地球環境産業技術研究機構(RITE)理事・研究所長と間庭正弘・編集局長が対談した。

 

110周年記念論文のテーマが「110年後の世界史」のワケ

 
間庭 本紙が創刊し、11月3日でちょうど110年となります。その記念事業として各界、各層から広く記念論文を募集しました。多くの論文が集まり、入賞作の審査委員を山地先生にお願いしています。
 
山地 審査はこれからですが「110年後の世界史」という募集テーマは面白いですね。110年後の世界に身をおいて、現在からその時までの歴史をたどるといった、SFに近い想像力、構成力が求められます。一般的な学術論文とは異なりますが、おそらく夢や空想が織り込まれるでしょうから楽しみです。
 
間庭 ありがとうございます。そうした空想や夢に描かれることが、エネルギーの世界でもこれから実現する可能性が出てきたのではないでしょうか。電力の世界にも大きな波、一言でいうならデジタル改革が押し寄せています。我々の社会がエネルギーにどう向き合うか、これまでにない変化が起きる予感すらあります。電気を送る側も、使う側もかつてない変化を経験するかもしれません。

 

夢物語ではなくなったUtility3.0 新しい技術の広がりに注目

 
山地 例えば電気自動車(EV)などの電動自動車の普及です。電化は社会の様々な領域で今後も広がるでしょう。文明社会にとって電気の使いやすさは論じるまでもありません。100馬力の自動車が5千万台あり、これがそのまま電気自動車に代わるとどうなるか。バッテリーの総容量は35億キロワットになるのです。非常時の電源として、あるいは再生可能エネルギーの調整力としても活用できるわけです。IoT(モノのインターネット)を使って社会に分散するEVのバッテリーをコントロールすることも、そう遠い先のこととは思えません。「エジソンとフォードが一緒になる」といわれますね。単なる移動手段から、新しい様々な価値が生まれるようになるはずですし、電力システムにも大きな影響を与えることになるでしょう。
 
間庭 EVがこれからのエネルギーに果たす役割については、本紙も大いに注目するところです。
 
山地 社会は自動車であふれていますが、1台の利用率をみると4%程度。いうなれば、普段は遊んでいる状態です。理想ながらカーシェアリングがうまく進めば、台数は10分の1に減って利用率は40%に高まるという試算があります。その効果として、車の生産、使用の両面で大幅な省エネが進み、二酸化炭素(CO2)の排出も減るわけです。
 
間庭 シェアリング・エコノミーですね。
 
山地 分散型社会がかなり具体化してくるのではないでしょうか。全てが分散型になるわけではないと思いますが、実現の鍵となるのはデータ処理で、そこで注目されている技術の一つがブロックチェーンです。例えば、家庭の間での電気の取引、あるいはEVなどの分散している多数のバッテリーを最適運用して電力の需給調整に使うといったことが実現するかもしれません。もちろん信頼性などまだ多くの課題があり、すぐに普及するわけではないでしょうが、いわゆるユーティリティー3.0と呼ばれる世界が単なる夢物語ではなくなりつつあると感じています。
 
間庭 ブロックチェーンのように、従来であれば電気事業には直接関係ないと思われていた技術が電気と結び付くことで、新しいサービスが生み出される可能性があります。電気新聞でも、これまで以上に新しい技術の広がりに目を向けた取材を強化していくことにしています。
 
間庭 利便性の高い電気を活用しながら様々な可能性が出てくる一方で、瞬時瞬時に需給をバランスさせなくてはいけないという電気の本質はこれからも変わらないのですね。
 
山地 シェアリング・エコノミーに関連し、電力の需給管理を供給側と需要側で共有する発想も必要です。これまで事業者は顧客に電気を送るという供給に専念してきましたが、近年の技術革新をみると、ほとんどは需要側で起きています。蓄電池や分散型電源など、顧客側が持っているエネルギー関連資源(リソース)を調達・運用し、需給調整や省エネを図るわけです。
 
間庭 太陽光や風力など出力が安定しない再生可能エネルギーが急増する中、火力だけでは再生可能エネによって生じる電力の過不足を補うことには限界がありますね。
 
山地 すでに国内には4千万キロワットを超える太陽光発電があります。出力が急変するこれらの電源を「どうしようもない暴れん坊」として扱うより、需要側のリソースを効率よく使って調整するという考え方も取り入れる必要があると思います。
 

破壊的イノベーションが生まれる可能性も

 
間庭 電力システム改革によって、2020年には発送電分離も実施されることになっており、その面でも発電から配電に至るサプライチェーンに大きな変革がもたらされることになりそうです。
 
山地 歴史をたどれば、エジソンが発電所から電球まで電気を送る一貫したサプライチェーンを創設しました。これはこれで画期的でしたが、長く続いたこのシステムは今、曲がり角にきています。サプライチェーンの変革によって、発電から配電まで閉じられた世界が開かれることになり、そこにまた破壊的イノベーションが生まれる可能性もあるのです。
 
間庭 なるほど。変革期を迎えた電気事業の今後を展望すると、電気事業者も変化を先取りすることがこれまで以上に重要になるかもしれません。
 
山地 すでに始まっていますが、電力供給に限らずガスや通信、さらに様々なサービスと一体で、総合エネルギーサービスの展開がさらに広がっていくでしょう。今後も電気の安定供給は極めて重要ですが、それに加えて急速に進む技術革新へのチャレンジ精神や、事業環境の変化に対する感受性が重要になるはずです。こうした点の意識改革は必要ですし、これまでの規制下での公益事業とは、まるで違う世界が現れるでしょう。電力にとって最適な解ではなかったり、様々な不条理が起こりうる時代にあって、柔軟性や機動力は大きな要件となります。
 

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