スクールや大会に使われる桜ヶ池クライミングセンター

 壁を登る「スポーツクライミング」が送電線工事業のなり手不足解消へ――。北陸電気工事が富山県南砺市から譲り受けたクライミング施設の運用効果が出始めている。施設を利用したクライマーが送電線工事の仕事を知って、架線電工として入職する事例が増えているからだ。高所へ昇るのを趣味としているクライマーたちにとっては、鉄塔を昇ることや上空で作業をすることは苦にならない。それどころか、仕事がクライミングの“訓練”にもなる。スポーツクライミングの愛好家が、送電線工事業を支える人材になりそうだ。

今年度6人が入職、他社紹介も視野に

 北陸電気工事が富山県南砺市から譲り受けたクライミング施設「桜ヶ池クライミングセンター」の運用効果が出始めている。同センターで練習したいクライミング愛好家の6人が今年度に送電線工事の架線電工として採用され、現場で活躍しているからだ。その後も入職内定者やクライミング愛好家らから問い合わせが相次いでおり、同センターの運営会社は「他の工事会社にも人材を紹介するなど、入職希望者に対応できる仕組みを考えたい」と手応えを感じている。

 センターは南砺市が国体会場として2000年に建設した施設。20年が経過し、施設補助金の交付が期間満了となったことなどから民間の譲渡先を募集した。北陸電工はクライマーには高所作業の適性があると考えて応募。市へのプレゼンテーションでもその点を強調し、20年4月に譲渡を勝ち取った。

 譲り受けてから、同社は経年化した施設の屋根やクライミングウォールを支える鉄骨、床などを改修。昨年6月にクライミングスクールを開設した。同年10月と今年5月には、ロープを体につないで登っていく「リード部門」のユース日本選手権を開催している。

 北陸電工が立ち上げた運営会社ブルー・スカイ(社長=高田勉・北陸電工本店外線送変電部長)が施設管理や大会運営を担う。譲渡前から勤務していたスタッフや施設管理者も全員を従業員として採用した。

 登った高さを競うリード部門の練習ができる施設は全国でも少ないため、他県からクライマーが遠征や練習に訪れる。高さ16メートルの可動式パネルを備えた壁を含め、クライミングウォールが4つある施設も希少だ。センターはこれまでも、リード日本代表選手が選ばれる登竜門の一つとして使われてきた。施設内部には難易度に応じた3階層のボルダリング設備も配備。スクールを開催しているほか、フリーの利用者が多い。

 現在は土日にスクールを開いており、生徒数は約40人。小学生が多く、半数以上が女子だという。千人近いフリー会員も女性が3割を占める。大手メディアの取材や東京五輪の影響で申し込みが増加。スクールは指導員不足で人材を募っている状況だ。

クライマーにとって安定した「理想の就職先」

 センターの利活用を通じ、架線電工を目指すクライマーは着実に増えている。今回の譲渡に協力した架線電工会社の平野電業(富山市、平野誉士社長)はここ数年の採用数はゼロだったが、20年度は6人のクライマーを採用。さらに今年度は4人が内定し、中途入社や来年度入社も控えている。競技を続けるために安定した職場を探してきたクライマーにとって、送電線工事は理想の就職先だ。

平野電業に入社したクライマー。体幹が強く、電線の宙乗りなど「むしろ楽しい」という。送電線工事に多い登山も苦にならない

 名山にあこがれ北海道から富山に移住してきた武田誉史さんは、30歳で身を固めようと新たな職を探して架線電工に出会った。仕事とクライミングの両立が可能なのが魅力に映った。実際にロッククライミングを楽しむ人は40キログラムの荷物を背負い、単独で山に入る。「山が大好きな女性からも入職の問い合わせがあった。送電線巡視などで女性を採用できるのでは」(高橋要・ブルー・スカイ企画部長)と期待も高い。

 北陸地方の場合、積雪のため冬場の高所作業ができない点もクライマーにはメリットになる。クライマー採用者は春から秋まで勤務し、冬場は3カ月の休暇を取得できる。働いたお金で冬山のクライミングを楽しめるという好循環が生まれている。

 運営を始めて意外だったのは、施設を訪れた山岳ガイドらとの人脈もできたことだ。彼らは立山連峰の山小屋へ届けるため、重い荷物を背負って登る「歩荷」(ぼっか)という仕事を請け負うこともある。送電線工事もヘリコプターで重い資材の運搬が難しい場合、人力で運ぶことがある。知り合った山岳ガイドらに、北陸電工は歩荷の臨時仕事として山間部の工事現場へ資材を運搬する仕事を依頼した。センターを通じてマッチングが生まれた好事例だ。

スポーツ、地域、雇用、業界に貢献

 同社はSDGs(持続可能な開発目標)の実現も目指しており、女性活躍や子どもたちの教育、地域振興にも同センターを生かした目標を立てている。南砺市とはクライマーの就職先あっせんや地域活性化などで連携を目指す考えだ。

 入職の問い合わせは21件届いており、一昨年のリードユース日本選手権優勝者だった大学生からも希望があった。ただ希望者の居住地や通勤距離の制約もあり、工事会社1社では採用しきれない可能性も出ている。北陸エリアや他エリアの工事会社が受け入れ可能になればスムーズに就職先も決まる。

 他エリアの送電線工事元請け会社も関心を寄せている。高田社長も「全国に取り組みを展開したい」と期待を込める。送電工事に限らず、配電線工事や通信工事への拡大も想定。北陸の送配電工事会社による「Eリーグ北陸」の活用も視野に入れている。

 センターを維持するには企業の協賛も不可欠。既に約160社の協賛を得た。スポーツクライミングはルートを変更する際に手足を掛けるホルダーの位置を頻繁に変えるため、費用も掛かる。一定の会費収入や協賛金を通じた安定的な運用を目指す必要がある。平日に学生の同好会を呼び込むなど、利用率向上も課題になりそうだ。

 スポーツ振興、地域共生、雇用創出、そして送電工事業界の活性化。桜ヶ丘クライミングセンターが担う役割は多岐に亘っている。

電気新聞2021年10月20日