パネルに書いてあることを淡々と説明するのではなく、客観的事実を小池所長ら講師は自身の言葉で伝えるよう心掛ける

 東日本大震災、東京電力福島第一原子力発電所事故から間もなく10年。その節目の年を前に、東京電力ホールディングス(HD)の福島事故の事実と教訓を伝える安全啓発施設「3・11 事実と教訓」(小池明男所長)が昨年オープンした。事故の事実と教訓を学び、福島への責任完遂と安全文化確立への意識を高め、社員一人一人の行動を促すための施設だ。従来と比べて情報量を増やし、映像などを充実。記録と記憶を継承するためにアーカイブを構築した。車座での議論を通して気付きを得て、意識改革・行動変容につなげる。

 ◇昨年10月オープン

 東電HDは、経営技術戦略研究所(TRI、横浜市)内に研修会場を設け、2018年7月から福島事故の事実と教訓を伝える全社員研修を実施。このほど本格的な研修施設をTRI内に設け昨年10月オープンした。

 研修施設入り口に向かう廊下の壁面。そこには研修を受けた社員の「行動宣言」のほか、全国の学校や他電力、さらには避難者から、福島事故収束に向けて最前線で働く作業員に向けた応援メッセージが掲げられている。自身も被災による避難で大変な生活を強いられている中にもかかわらず、作業員の健康や安全を気遣う心温まるメッセージにはこみ上げてくるものがある。
 

研修施設に向かう廊下壁面には、これまで研修を受けた社員の「行動宣言」が掲げられている

 
 研修施設内部には、「東日本大震災と東京電力」「事故の総括」「過酷事故への事象の連鎖」など、新たに資料を増やした10のテーマを展示。事象ごとにパネルを設け、写真や図、映像なども交えながら詳述している。例えば、「過酷事故への事象の連鎖」。事故背景の安全文化上の問題に導くため、深層防護のほころびがもたらした「組織事故」として、最悪の事態を招いた不備を説明する。

 この他、車座対話コーナー、視聴コーナー、社員の声やデジタル・書籍資料のアーカイブコーナーを設置。待合コーナーでは、福島第一の建設過程の記録映像、福島第一周辺のまち並みを見られる。

 こうした研修を通して、事故原因の根本にある「起こるはずはない」「大丈夫」といった思い込み、おごりと過信を一掃し、「安全第一」や「お客さま本位」といった当たり前のことが当たり前になるよう意識・組織風土改革を促す。

 被災者の嘆き、福島第一で働いていた人たちの絶望感…。「自分が全てのことを分かっているわけではないからこそ、いろいろな人から話を聞くようにしている」(小池所長)。小池所長らは、「“自分”というフィルターを通して見た現実、客観的事実をどう分かりやすく伝えるか」を念頭に、責任と使命感を持って講師を務める。

 

福島事故収束へ現場第一線で働く作業員に向けた応援メッセージ。自身も被災し、避難しているにもかかわらず、健康や安全を気遣うメッセージに心が温まる

 
◇「生きた場」に

 昨年9月に全社員約3万人への研修が一巡した。昨年10月からはプログラムを見直し、新たな施設での研修がスタート。当初、管理職を対象にした研修を展開する予定だったが、新型コロナウイルスの影響で一般職向けのオンライン研修(2巡目)に切り替えた。研修を受けた一般職社員が中核者となり、他のメンバーに教育する形式を限定的に始めた。

 小池所長は「参集型、オンライン型どちらも社員の受けはあまり変わらない」とする一方、「本音で深く議論できるのが参集型のメリット」と話す。参集型の研修が再開されたら「(研修施設が)コミュニケーションの場として、いろいろ言い合える“生きた場”になれば」と期待を寄せる。

 「事実から目をそらさずに正しく認識して、それを乗り越えてほしい。そのためにもきちんと理解し、自分の胸に落とし込み、何かを感じて考えると自然と体は動く」(小池所長)。社員にきっかけを与えることで“個の自律”を促し、組織風土改革に向けて行動できる人材を育成し、終わりなき安全性を追求する。

電気新聞2021年2月15日