新型コロナウイルス感染症拡大は世界のありさまを様々な意味で変えようとしている。各国政府・企業などが感染症対策に追われる中、感染症の第2波到来や第2次世界大戦以降で最悪と指摘される経済恐慌への備えも必要だ。この中でDX活用に変化が起こることも確実であろう。技術の種類によっては採用時期の前倒し、新たな活用方法の検討、新技術の開発などもあれば、既存の概念実証などが陳腐化して放棄されるなど、多くの見直しが予想される。
 

新型コロナが落とす影

 
 グーグルの親会社アルファベット傘下のSidewalk Labsが、コロナ禍での資金調達難などを理由に挙げ、カナダ・トロントでのスマートシティー計画から撤退するとのニュースが本稿執筆時(5月7日)に飛び込んできた。暗い未来の象徴になりかねない事案だ。

 KPMGが四半期毎に発行する『ベンチャー・パルス』の2020年1Q最新版によれば、多くの投資家がパンデミック(世界的大流行)の影響が明らかになるまで投資を手控え、投資案件が発生しても既存ポートフォリオ内での追加投資など、明確な価値を持つ企業の選別が進むことを予想している。


 
 日本ではここ数年、DX推進のためのチームや機能を組織の内外に設立することがあらゆる業界でブームになっていた。また、CVCの設立などを通してデジタル技術の取り込みなどのためにベンチャー投資も進めてきたが、当面はより厳選した投資スタンスにならざるを得ないだろう。イノベーションの発意に向けたPoC(概念実証)実施の余裕もなくなる。

 一方、デジタル技術を求めて外部への投資や知見を求めるだけではなく、例えば若い社員を中心に自らがプログラムコードを書き、業務に実装するまでに教育するなど、内部資源の強化に取り組む企業は少ない。成長の活路を海外進出に求めることは企業の定石でもあるが、近未来にAIが自動翻訳で解決しそうな語学の習得に時間を割くことよりも、そのAIを学ぶ方が有効そうだ。

 DXもイノベーションの一種にすぎないが、企業がイノベーションへの努力を続けることは重要であり、そのために何が鍵となるのかを再確認することも、このコロナ禍の中で重要なことではないだろうか。
 

『両利きの経営』とは知の深化と探索を両立させること

 
 筆者は実務家としていくつかの業界を経験してきたが、並行してあらゆる業界の経営戦略を研究することもライフワークとしている。この連載の最後のメッセージとして、変革(イノベーション)と変遷(トランジション)に立ち向かう企業戦略として、オライリー&タッシュマンの『両利きの経営』を紹介したい。

 本書は年初に亡くなったクリステンセンの有名な『イノベーションのジレンマ』が示した概念への著者たちの答えでもある。

 企業は、現在の主力事業の生産性、品質やサービスを突き詰める「知の深化」にとらわれがちで、これに偏るとイノベーションが枯渇する。よって、主力事業と対立、矛盾する事業の可能性に挑戦する「知の探索」が必要となる。組織文化・行動原理としての矛盾に取り組む必要があるが、それゆえ知の幅を広げつつ深化させる「両利き」のバランスが求められる。そのために著者らはリーダーシップが重要であることを長年の研究から明らかにしている。

 DXの場合、デジタル技術の活用はこの両面で必要となることから、トップの「両利き」の概念に対する正しい理解が鍵となることはいうまでもない。

【用語解説】
◆CVC(Corporate Venture Capital)事業会社がファンド組成を通してスタートアップ企業などに投資する活動のこと。大きなキャピタルゲインを狙う通常のVCとは異なり、CVCでは投資先との協業や本業とのシナジーを目的として設立されることがほとんどである。

◆両利き(Ambidexterity)の経営 
スタンフォード大学のオライリー教授とハーバード大学のタッシュマン教授が長年の学術的研究により、イノベーションに長けた企業ほど探索と深化の両利きで経営していることを明らかにした「両利き」の概念を一般向けに解説した書籍のこと。

電気新聞2020年6月15日

(全4回)

 

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