二酸化炭素(CO2)大幅削減を実現する上では、需要端において直接排出を伴う技術を極力用いず、電化を進めていくことが有効と認識される。一方で、その実現に立ちはだかるロックイン問題への危機感は十分に共有されていない。ロックインは技術的観点のみでは片付けることができない複雑な問題であり、社会システムに組み込まれたものは変化に抵抗する性質を持つことを十分織り込んで温暖化政策を立案すべきだ、との指摘がある。今回は、家庭用給湯器を例に、その実態や解決に向けた動きを紹介する。
 

IPCC第5次報告書でも指摘

 
 製品やサービスが、何らかのきっかけも手伝って一度市場優位性を獲得すると、その優位性が長期にわたって固定化されることがある。こうした現象を「ロックイン」と呼ぶ。例えば、1882年発売のタイプライターに採用されたQWERTY配列は、今日のPCキーボードに受け継がれている。

 持続可能社会の実現に向けては、従来型技術から低炭素技術への移行が不可欠だが、現実社会では技術代替に時間を要することも少なくない。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次報告書では、ロックインという単語が100回以上登場し、その対象範囲はエネルギー供給インフラから民生、運輸、農林業まで多岐にわたる。需要サイドでも、建物の構造設計、エネルギー運用設計、エネルギー利用機器においてロックインが懸念されると指摘している。昨年8月5日の本欄でも指摘されているように、工場でも一度導入された熱源設備が、配管など既設ユーティリティーとも絡み合いながらロックインされてしまう問題がある。
 

既築住宅での熱源交換は難しい。長い視点での政策立案が必要に

 
 家庭用給湯機器もロックインしやすい技術である。電中研が実施したアンケート調査=図によれば、新築時の採用シェアでみると、電化率は戸建て住宅で高まっている一方で、集合住宅では依然として伸び悩んでいる。既築での交換シェアをみると、集合住宅で電化はほとんど進まずにいる。交換前後のデータを精査すると、導入された設備をエネルギー転換することは容易でない実態が浮かび上がる。

グラフ_給湯機器フロー 既築住宅の電化が停滞している背景をひもとくと、第一に技術的側面として、設置スペースや重量、給水やドレーンの配管、電源容量確保などの課題がある。第二に、組織的側面として次のようなものがある。エネルギー事業者や機器販売者による顧客囲い込み戦略の成功は、裏を返せば構造の固定化を意味する。また、市場・業界構造に配慮しながら発展してきた政策ほど、漸進的改善をもたらす一方で、CO2大幅削減に必要とされる劇的で非連続な変革を得意としない。第三に行動的側面として、利用者は故障や不具合が出てからその場しのぎの交換をしがちである。

 従って、技術代替を進めていく上で、給湯器寿命の十余年ごとに訪れる機会に多くを期待することはできず、建物寿命の数十年のサイクルを要すると保守的に考えるほうが、見方としては現実的である。平成30年(2018年)住宅・土地統計調査によれば、我が国の住宅ストックの4割は1990年以前に建築されたものである。今後建築される住宅の多くは2050年にも利用され続け、将来の技術選択やCO2排出に与える影響は小さくないという認識に立ち、温暖化政策を立案する必要がある。
 

欧米では新築住宅での燃焼機器に対し規制または規制検討も

 
 CO2大幅削減のためにはこうしたロックインを克服する必要があり、ここに来て、海外では規制検討の動きが出始めている。

 英国は昨年、50年までに温室効果ガス排出をネットゼロにするという目標を掲げた。それに先立ち、独立した諮問機関である気候変動委員会は、明確な政策が遅滞なく導入された場合にのみネットゼロ排出が実現可能であると指摘した報告書を公表している。暖房などの熱源については、遅くとも25年までに、新築住宅はガスグリッドへの接続を止めて、ヒートポンプなどの低炭素熱源を利用する必要があると勧告した。政府は昨年10月、同勧告を踏まえたFuture Homes Standardと呼ばれる建築規制強化案を提示し、検討を進めている。

 米国でもバークリー市をはじめとして、20年から条例により新築住宅で燃焼機器の採用を禁止する自治体が複数現れている。条例の中には、仮に新築時に燃焼機器を採用せざるを得ない場合であっても、将来の電化に備えてあらかじめ電源容量確保や配線を求めるものもある。

 翻って我が国では、ロックイン問題への危機感は十分に共有されていない。新築時点で対策を講じておくことの費用対効果は、後から改修するよりもはるかに優れている。国は今世紀後半のできるだけ早い時期に脱炭素社会を実現するというビジョンを掲げ、ここに来て50年ネットゼロ排出を掲げる地方公共団体も増えている。そうした野心的な削減目標を確実に実現するためには、整合的な取り組みの検討にできるだけ早く着手すべきである。

電気新聞2020年2月10日