DIPSの構成。手前にメタノール水溶液タンク2個収納。その奥が燃料電池、右隅にバッテリーを備える
DIPSの構成。手前にメタノール水溶液タンク2個収納。その奥が燃料電池、右隅にバッテリーを備える

 東京電力パワーグリッド(PG)飛騨信濃直流幹線9工区(長野県松本市)で延線作業を実施したTLC(東京都北区、大石祐司社長)が、電源にメタノール式燃料電池を用いたWi―Fi無線通信装置を導入した。名称は「電源供給式情報通信装置」(DIPS)。鉄塔14基、亘長約6キロメートルの延線区間に装置を設置。20日分の発電が可能な独立運転型の通信装置により、携帯電話の電波が届かない山間部で音声通話や映像受信を可能にした。
 
 ◇10時間発電可能
 
 DIPSは、メタノール水溶液10リットルタンク2個、燃料電池とバッテリー、インバーター、サーバー、ルーターなどで構成。10セットを現場に配備した。IoT(モノのインターネット)・システム機器を手掛けるイオラボ(横浜市、吉井崇社長)が開発した。

 燃料電池は10リットルタンクで約10時間の発電が可能。ドイツ製の燃料電池を採用し、アルミ製の筐体(きょうたい)を含む装置全体で総重量は70キログラム。タンクとバッテリーを分ければ2人で持ち運べる。電源はバッテリーから供給するため、発電中にタンク交換が可能。通信機器間は通信と電力供給を共用するPoEケーブルを使い、配線を簡略化した。

 ディーゼル発電機だと燃料補給時に発電できない上、軽油は酸化するため長期保管ができない。メタノールは劣化せず保管もしやすい。太陽光による充電に比べても、天候に左右されず安定した供給が可能だ。メタノール式の燃料電池は静音で高温にならず、排出するのは水蒸気のみ。環境性能も高い。
 
 ◇アンテナ中継で
 
 TLCは今月上旬、9工区で組み立ての終わった鉄塔172~185号区間で送電線の延線作業を実施。一部区間はモノレールで移動し、険しい山や谷の多い同工区では携帯電話が使えない。このため、延線する9区間をアンテナで中継(ブリッジ)し、ドラム場~エンジン場間の6キロメートルを無線でつないだ。

 Wi―Fiによるブリッジは1区間最大12キロメートルの距離で行うことが可能。電波は30度角で出力するため電波を捉えやすい。

 IP(インターネット・プロトコル)無線機による通話は双方向かつ一斉同時通話が可能。最大100台まで同時に使える。装置の構成機器もIP化され電波状況や燃料の残量など現地のノートPCで全て確認できる。

 9工区の現場では、ほとんどの通信区間で毎秒200メガビットの通信容量を確保。音声も鮮明だった。

 185号のドラム場では、エンジン場のウインチやドラム場の延線車、2カ所の金車の動きを捉えたネットワークカメラの映像をノートPCで確認。作業者同士の音声通話だけでなく、リアルタイム映像も得るため「視覚で確認できて安心」(電工班の伏見電工)。ドラム場からエンジン場までの張力調整にタイムラグがなく、電線への負荷を軽減する。

 ドラム場の操作室に設置したノートPCでは、カメラ4カ所の映像を同時に見られた。見たい場所を1カ所にフォーカスすると、ハイビジョン並みの映像で機械・工具の動きをチェックできた。

 今回の延線作業は1カ月弱で完了。各装置の燃料交換はほぼ1度で済んだ。
 
 ◇動画撮影も検討
 
 TLCは今回の成果をベースに、次のステップも見据える。今後は360度カメラによる動画撮影を検討。複数作業の同時確認が可能になりそうだ。

 将来の展開も広がる。5Gになればさらなる高速大容量通信も可能。リアルタイム映像があれば、現場にいる若手技術員が本社にいるベテラン社員に助言をもらったり、電力会社が事務所から現場確認したりできる。燃料電池による簡易装置の設置は、山間部だけでなく離島、都市部など活用の場も広がる。緊急時の配備も考えられそうだ。ウインチや延線車の回転数、電線張力、金車の傾斜角度などの詳細なデータを集め、機械・工具の自動制御に生かせる可能性も秘める。

電気新聞2019年10月28日