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 次いで、原子力事業に対するファイナンスを可能にする制度設計が必要とされる。ファイナンスに影響を与えるものとしては、事故時の損害賠償制度の改定と自由化の見直しが挙げられる。わが国の原子力事業者は無過失かつ無限の賠償責任を負う。規制料金制度が残置されていればまだしも、無限の賠償責任を負う可能性のある民間事業を市場原理に移行すれば、資金調達コストの上昇は避けられない。電力自由化による投資回収の予見性低下も同様の効果をもたらす。大きな固定費投資を伴う原子力事業において資金調達コストが上昇すれば、プロジェクトが不成立となる。原子力発電を国民経済に貢献する安価な電源として期待するのであれば、原子力損害賠償制度や電力自由化を見直さねばならない。原子力事業の資金調達に対して公的な支援をするのであれば、公的電源としての役割を果たすことが期待されるだろう。事業体制の見直しに波及する可能性もあり、議論を急ぐ必要がある。

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 最後に、技術・人材の維持に向けて政府が今すべきことを考えたい。原子力という言葉を含む学科を有する大学は現在2校、そのうち国立大学はゼロだ。教育現場の立て直しは政府の重要な役割だが、それ以前に、どれくらいの原子力発電所をわが国は必要とするのかの定量的見通しを示す必要がある。例えば、英国は2022年に「30年までに8基建設」との意向を表明し、フランスも同年、最大で14基を建設すると表明した。なぜ具体的な建設基数を明らかにするかといえば、そうしなければ原子力事業に必要なサプライチェーンが立ち上がらないからだろう。「市場に委ねた結果、1、2基の建設に至るかもしれない」ということでは、原子力発電所に必要な設備製造に関わるラインを立ち上げる判断はできかねる。

 ボリュームの見通しを示すのは、まさにエネルギー基本計画と同時に提示される長期エネルギー需給見通しの役割であるが、今次の改訂に間に合うものではないだろう。しかし福島原子力事故以降のエネ基に書かれていた「原子力依存度の低減」という方針を削除し、加えて本稿で述べた論点をどのようなプロセス、スケジュールで議論するのかを示すべきだ。もちろん、論点は今回指摘したものにとどまらない。時間的な切迫度は本稿で整理したものほど高くないとしても、バックエンド問題の解決や福島の復興や廃炉、東京電力の事業体制など、さまざまな課題があるが、それらに取り組む政府の覚悟を具体的に示し、潤沢な脱炭素電源をわが国でも確保しうると伝えることが、わが国への投資を確保するうえで重要なポイントになるだろう。

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■出典
・CCMC[2013] “The Importance of Cost―Benefit Analysis in Financial Regulation” ,U.S.Chamber’s Center for Capital Markets Competitiveness,2013年3月
・若園[2016] 若園智明「米国証券規制の経済的評価:現状と検証」 証券経済研究 第96号2016年12月
・竹内[2022] 竹内純子「電力自由化後の日本の原子力発電事業のあり方に関する総括的研究」 2022年3月

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