
どのような技術も、テクノロジーを市場で実用化するには、諸条件を整える必要がある。事業環境整備とは、主として投資予見性の確保という文脈で使われがちだが、OECD/NEAの小型モジュラー炉の実装に関するリポートが整理するように(図参照)、(1)政策、規制、法制(2)人材供給のシステム(3)パブリックエンゲージメント(4)サプライチェーン、技術基盤の維持――などを含むものだ。
そもそも原子力はその技術の幅の広さもあり、原子力政策大綱などの長期計画を策定してきたが、福島原子力事故以降その策定は中止され、原子力委員会の委員定数も減少している。エネルギー基本計画のみが原子力技術に関する国の方針となっている現状を見直すべきだが、次期基本計画が原子力関連で示すべきことについて考えたい。
わが国の原子力発電事業においては特に、安全規制の最適化や原子力事業のファイナンスに関わる制度、サプライチェーンや技術基盤の維持が喫緊の課題となっている。まず、安全規制の最適化について述べたい。
一般的に規制行政は、技術利用に伴う潜在的危険性が顕在化する確率を最小化し、仮に顕在化した場合でも被害を最小限に抑えるための措置を講じ、その技術が社会にもたらす便益を最大化することに貢献することを目的とする。
原子力規制が適切に行われ、国民、特に原子力施設立地住民の信頼を得ることは、技術利用に対する受容性に大きな影響を与えるのみならず、事業性に大きな影響を与える。原子力発電は、発電コスト(バックエンド費用含む)のほとんどが固定費だ。筆者の概算だが、損益分岐点となる設備稼働率は約70%となり、設備の安定的な稼働が事業の成立を左右する。
原子力規制行政の最適化について、日米の制度比較から考えたい。一般的に原子力事業は、国際的な核物質管理の必要性や、各国の政策・安全規制の影響を強く受けること、大規模な投資を必要とすることから、多くの国において国営体制で発展した。日本と米国は事業創成期から民営体制を採ったが、両者の原子力規制行政には黎明(れいめい)期から大きな差異があった。
一つは米国においては、国の役割が明確に定められていることだ。わが国の原子力基本法と米国の1954年原子力法とを比較すると、後者は具体的に政府の行うべきプログラムが書かれている。こうした違いは原子力損害賠償法など関連法令でも同様で、米国のプライス・アンダーソン法は、原子力災害が生じた時に米国原子力規制委員会(以下、NRC)あるいはエネルギー省、連邦議会、裁判所がすべきこと、与えられる時間的猶予などが細かく規定されている。
もう一つ、日米の規制行政の大きな違いは費用便益分析を厳しく問われることだ。米国の連邦行政機関の規制的活動に費用便益分析が求められることの歴史は古い(若園[2016])。「費用便益分析は、現代の規制国家において最も重要な意思決定ツールの一つ」であり、「1950年代から1960年代にかけて、行政国家の発展と福祉経済学の概念の発展に伴い、政府の政策をどのように実施するかを決定する際に費用便益分析を用いることが支持されるようになった」(CCMC[2013])。
ニクソン、フォード、カーターと歴代の大統領が規制の費用便益を高めるよう大統領令などを発出しており、これが行政機関にも徹底されている(竹内[2022])。わが国では一般的に、規制行政に費用便益分析を導入する考え方に薄いが、米国NRCの活動原則をなぞって制定された原子力規制委員会の行動原則から「効率性」が除外されていることが象徴するように、納税者の便益最大化の意識が希薄だ。米国の議会がNRCの規制活動をチェックするのと同様に、国会にそうした機能を持たせることも検討の必要があろう。