東芝が納入したクライオスタッドが重力波観測の要となる(左から2人目が井岡氏)
東芝が納入したクライオスタッドが重力波観測の要となる(左から2人目が井岡氏)

 岐阜県飛騨市の山中に設置している大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」の運転開始時期が近づいている。重力波は新星の爆発や星同士の結合などによって発生する空間のゆがみ。そのゆがみを観測することで、はるかかなたの宇宙空間で起こる惑星の衝突や宇宙誕生の初期などを分析できると期待されている。米国は既に観測に成功し、17年にノーベル物理学賞を受けた。KAGRAの運転開始は19年中の見込み。日本勢も研究に加わり、まだ見ぬ宇宙の実態を把握したいところだ。

KAGRAのロゴマーク
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 KAGRAのプロジェクトは東京大学宇宙線研究所などが中心となって推進。飛騨市は地震が少なく岩盤も固いため揺れにくく、重力波を観測する環境にふさわしいため選定した。

 KAGRAで用いる重力波望遠鏡は飛騨市の山中にある地下200メートルのトンネル内で設置作業を進めている。トンネル内にはL字型に交差するよう2本のパイプを設置。それぞれのパイプ両端に真空で極冷温の「クライオスタッド」と呼ばれる装置を配置し、さらに各種計測機器も取り付けている。

 これら2本のパイプ交差部から2方向へ同時に光を発射し、パイプを往復する光の速度を計測する。どちらかの光に遅れが生じれば重力波の影響と考える。速度差を見つけられたら重力波の観測に成功したというわけだ。

 重力波の影響を受けて光が遅れるといっても、その差は水素原子1個分ともいわれる超僅差。数値で表せばわずか0.1ナノメートル(100億分の1メートル)の差なので、観測するためには専用開発した検出器を使用する。欧米の観測拠点にも存在しない装置を組み込むことで、重力波の観測機会を大幅に増やす考えだ。

 その装置こそ、光を反射する鏡を内包するクライオスタッドだ。重力波の感知精度を高めるために欠かせないこの装置は高さ約4.5メートル、直径約2.5メートル、重量約10トン。東芝が京浜事業所で開発した。パイプ内部に入るサファイア製の鏡を絶対零度となるマイナス273度で冷やし続け、真空状態を維持することが役割だ。

 ここまで冷やす必要があるのは超微弱な振動を抑えるためだ。ごくわずかな光の遅れを検出する重力波観測で最大の敵は振動。絶対零度より少しでも温度が高ければ、熱振動と呼ばれる微細な振動が発生するからだ。この熱振動を抑えることで、重力波を観測できる機会が数年に1回程度から年に数回まで高まる。

 絶対零度を保つためにも、クライオスタッドのコア部分を「いかに冷やすか」(東芝の井岡茂プロジェクトリーダー)が装置開発の大きな課題。冷却装置の能力に加えて、外気温の影響を受けない素材を選定することも重力波観測に欠かせない要素だという。

 東芝は断熱性と強度を両立するベスペルという高機能素材をコア部周辺に採用し、クライオスタッド外部の熱を内部に伝えない構造とした。冷却装置にも振動を与えないように構造と配線を工夫。冷却装置の技術開発には東芝が超電導技術で培った知見を生かした。

 クライオスタッドは15年までに搬入と据え付けを完了。現在は約30人の研究者がトンネル内に入り、本格運転までに各種機器の調整などを進めている。

 運転開始を控え、井岡プロジェクトリーダーは「クライオスタッドの製作には何度も研究者と議論した。我々だけでは完成しなかった」と振り返った上で、「運転開始まで気を抜けない。無事に稼働して宇宙線を観測してほしい」と研究者らにエールを送る。