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デジタル化時代の電気事業をめぐる情報をコンパクトにまとめた新刊書籍『まるわかり電力デジタル革命 キーワード250』前編に引き続き、編著者の西村陽氏(関西電力部長)、巽直樹氏(KPMGコンサルティングディレクター)に、これからのデジタル革命について話を聞きました。
 

EVや太陽光などを活用する、VPPやDRなども詳しく解説

 

西村 陽氏
西村 陽氏

――小売り分野では、需要側資源や電気自動車(EV)を使った新しいビジネスの検討も始まっています。

西村 顧客との関係では、一つは自由化された市場で電気料金を考える際に、価格の変動性(ボラティリティ)に対するリスクヘッジをどうするか。さらに、競争の中でどのような新サービスや付加価値の提供が可能かという視点があります。

 価格競争力を維持しながらリスクをヘッジするには、データの分析技術やデジタル技術が必須となるでしょう。電気料金以外に付加価値を高める新しいサービスの創出も、デジタル技術をどう活用していくかが問われます。巽さんはどう捉えていますか。

巽 直樹氏
巽 直樹氏

 弊社でも、デジタル技術を使ってお客さまにソリューションを提供していく部分については、模索しているところです。データは分析でとどまってしまっては意味がありません。重要なのは、その先のビジネスにどうつなげるか、どのようなサービスモデルを描くかといった部分です。試みの一つとして実験的なラボを開設し、クライアントが持ち込んだデータの解析結果から何か“気づき”を得ていこうという試みを進めています。

――電力会社もDR(デマンドレスポンス)などを活用したサービスの提供に乗り出していますが。

西村 欧州ではDRの発展型として、顧客側にある蓄電池を調整力市場に取り込む動きも始まっています。また、VPP(仮想発電所)は、電力会社と蓄電池やエコキュート、エアコンなどのメーカーなどが一緒になって、顧客のエネルギー利用をマネジメントしていくもので、今後小売り営業のスタイルはこうした形態も含めた形に進化していくと考えられます。進化の方向は確実にデジタル技術に沿ったものとなるでしょう。本書でも、需要側資源やデータ分析を扱った章でこの辺りを詳しく解説しています。
 

デジタル化に対応した企業統治が必要に

 
――セキュリティーやガバナンス(企業統治)にも影響がありそうです。

西村陽・巽直樹 編著『まるわかり電力デジタル革命キーワード250』(日本電気協会新聞部刊)
西村陽・巽直樹 編著『まるわかり電力デジタル革命キーワード250』(日本電気協会新聞部刊)

 従来はコーポレート側のIT部門が全社的に導入・管理していたITシステムを、デジタル技術が身近になることで事業部単独でも入れることも可能です。しかし、これは裏を返せば、企業全体としての管理、ガバナンスが非常に難しくなることを意味します。この問題は、「デジタルガバナンス」と呼ばれる概念をきっちり整備できている企業においても、試行錯誤しながら進めているのが実情です。

西村 デジタルの本質は「双方向化」です。しかし電力会社のシステムは、基本的に外部に開いたものではありませんでした。それが、VPPなどの登場によって外の世界とつながってくる。セキュリティーは従来にも増して大切になりますね。

 ひとついえるのは、現場主導のデジタル化が進みすぎると、サイバー攻撃にさらされるリスクは確実に高まるということです。このため、IT部門の対応スピードをどんどん上げていくのか、社員のセキュリティーやリテラシーへの意識を高めた上で現場に権限をもっと付与するのか、経営は判断を迫られる局面がくると思います。

 一方、コンプライアンスでガチガチに固めすぎると、新しい発想が生まれにくいという弊害もありますが、変化していくデジタルガバナンスを念頭に置きながら、ガバナンスやセキュリティーについて考え直す時期にきていると思います。

 

デジタル時代に通用するナレッジを身につけよう

 
――現在、電力システム改革や再生可能エネルギーの大量導入、そしてデジタル革命と大きな波が絡み合いながら進行しています。電気新聞の読者やこれから本書を読もうという人にメッセージをお願いします。

 第2章では「デジタル化の意味」についてページを割きました。デジタル化については、例えばAIが人間の仕事を奪うといったような話が喧伝されがちですが、実際の変化はそのようなものではありません。そのとき目の前で起きている技術の進歩を理解し、どのくらいの時間軸で変化が起きているのかをきちんと把握できれば、ことさら不安がる必要もなくなります。

 本書には、デジタル技術の現状と少し先を把握するための、必要最低限の情報を載せています。変化に取り残されないためにも、ぜひ一読いただければと思います。

西村 2020年に向けて電力システム改革が進んでいます。容量市場や需給調整市場をつくり、再生可能エネルギーが入っても安定供給を確保する体制を目指す意味では、市場としては正しい方向に向かっていくでしょう。デジタル革命も、レジリエンス向上やコストダウンに貢献する側面があります。ただし、これらの課題へ適切に対応するためには、ナレッジ(知識)が必要です。

 デジタル化でもたらされる変革では、電気事業が100年の歴史で培ったナレッジが通用しない可能性もあります。変革期に臨む電力会社の社員はもちろん、小売り市場やVPPに参入している通信会社やガス会社、新電力、機器メーカー、自動車メーカーなど、エネルギー市場に関わる幅広いプレーヤーに本書を手にとっていただきたいですね。

(本文中、敬称略)