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電気新聞2017年3月6日掲載のコラムを加筆・修正しています

 経産省は2016年末に、福島第一原子力発電所事故の処理費用11兆円が22兆円に増えるとの試算を発表した。その内訳を見ると、廃炉費用の2兆円が8兆円に膨れ上がっている。

 折しもその翌日、文科省は“もんじゅ”の廃炉への移行費用を3750億円と発表した。予算シーズンだからといえばそれまでだが、いずれの発表も唐突で、かつ初めて聞く高額の費用だ。これまで廃炉には関心の少なかった一般国民を驚かせ、原発は高くつくとの誤解を裏打ちする格好のニュースとなった。

 廃炉とはそれほど費用が掛かるものなのか、まずはこれまでの実績から調べてみよう。

 米国で公表された廃炉費用は、発電所により2倍ほどの違いがあるが、50万キロワット級で500億円程度と見てよく、日本の廃炉引当金とほぼ同額である。それほど大きな費用ではない。

 これに対して“もんじゅ”は、電気出力28万キロワットと小型であり、運転期間が短いから内在放射能量は少ないから、廃炉費用は安価なはずだが、その解体撤去予算だけで1350億円と、軽水炉の2倍以上だ。

 加えて、維持管理費2250億円の主体が、30年間のナトリウム運転費1500億円だ。この費用が僕には理解できない。ナトリウムは発火しやすい危険物質から工事に先立って固化し、発電所から除去するのが廃炉の常識であるからだ。こんな物を、30年間も保管する理由が分からない。

 ざっと見て、“もんじゅ”の廃炉費用は不明な点が多い。廃炉は国民にとって目新しい分野、予算の説明は理解が得られるよう丁寧に行うべきだ。

 次が福島第一の廃炉費用8兆円。

 溶融炉心を取り出した例は、これまで米国のスリーマイル島(TMI)原子力発電所2号機だけだ。溶融炉心の98%が岩砕されて遮蔽容器に入れて保管されているが、処分場が未定のためアイダホの国立研究所に仮置き状態にある。これに要した費用は、約1千億円という。

 なお、TMIには溶融炉心の約1%が、まだ格納容器内に付着散乱して残っている。このため発電所内の放射線量は非常に高く、TMIはまだ廃炉工事に着手されていない。

 他の炉心溶融事例としては、旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所事故がある。爆発で破壊した原子炉建屋を遮蔽壁として利用し、石棺と俗称されるバラック建屋を仮設して、今日まで約30年間、溶融炉心を保存してきた。

 昨今、石棺全体を覆う大型ドームを、約1700億円を掛けて完成させた。EUは、その中で溶融炉心を含む全ての放射能を60年かけて処理する計画であるが、その費用捻出に苦労しているという。

 ご覧のように、溶融炉心の解体取り出しや保管費用は、高々数千億円だ。試算の8兆円とは桁違いの差がある。その理由は、工事計画も決まっていない廃炉費用を、無理矢理に含ませたところにある。

 事故炉の廃炉は、放射能の高い溶融炉心の撤去から始まる。費用の見積もりにはその詳細情報が必要だが、それすらまだない。従って試算は積算根拠も無いままに、有識者の見解だけを頼りに、数倍に増やして作成したと、報告書に正直に書いてある。開いた口が塞がらない杜撰(ずさん)な物だが、覚悟の上の発表らしい。

 一説には、過去5年間の東電の事故支出が約1兆円、これが40年続けば総額は8兆円との解説がある。分かりやすい説明だが、過去の支出は汚染水対策などの事故処理費で、廃炉とは話が違うジャンルの支出だ。これは頂けない。却下だ。

 廃炉予算の上昇は、増大する賠償費の隠れ蓑、との穿った話も聞くが、どうであろうか。

 電力自由化の進む中で、福島の廃炉費用を確実にするには、試算は揚げざるを得ない役所のアドバルーンだったとの話がある。提出法案に具体感を持たすための策と言われれば、杜撰な試算も、根拠のない積算説明も、何となく理解できるが、果たして役所が取るべき道であろうか。国民を愚負するのも甚だしい。

 以上、経産省の試算発表には諸説あるが、納得いくものはない。これほど不確かで巨額な予算枠確保のために、そこまで汗を流す必要が、果たして今あるのであろうか。

 日本の原子力開発を振り返って見ると、大型の予算が先行したが故に失敗した例が多い。廃炉が決定した“もんじゅ”そのものが、その一つの具体例だ。

 今行うべきは、虚像予算枠の確保ではなく、廃炉工法作成のための地道な調査、溶融炉心の実体把握と思うのだが。

電気新聞2017年3月6日
 

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東京電力・福島第一原子力発電所事故から7年。石川迪夫氏が2014年3月に上梓した『考証 福島原子力事故ー炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』は、福島原子力事故のメカニズムを初めて明らかにした書として、多くの専門家から支持を得ました。石川氏は同書に加え、電気新聞コラム欄「ウエーブ・時評」で、事故直後から現在まで、福島原子力事故を鋭い視点で考証しています。このたび増補改訂版出版を記念し、「ウエーブ・時評」のコラムから、事故原因究明に関する考察を厳選し、順次掲載していきます。