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バナー_石川迪夫_福島原発

電気新聞2016年7月1日掲載のコラムを加筆・修正しています

 福島事故での爆発の様相は原子炉ごとに大きく異なっていて、手のつけられぬ無軌道な事象と映るが、全体を集めて分析すると全てが理屈通りで、合理的に説明できる。科学現象とは、実に忠実で正直なものなのだ。

 まずは爆発の様相から。1号機では、原子炉建屋最上階(5階)にある広い燃料交換室に水素ガスが流入して爆発が起きた。2号機も、水素ガスは同じ5階燃料交換室に流入したが爆発は起きなかった。3号機の爆発も、同じ5階に始まり下階に伝播(でんぱ)して原子炉建屋全体を大きく爆破した。4号機はその逆で、爆発は4階に起こり5階に伝播したが、破壊は比較的軽度であった。ご覧の様に爆発の様相は、原子炉ごとに違っている。

 なお、爆発原因である水素ガスは、冷たい却水の注入によって高温の燃料棒が化学反応を起こしてできたもので、この反応で生じた反応熱で炉心溶融が起きたことはこれまで幾度も述べた。


 1号機と2号機の共通点は、海水注入から爆発(2号機は炉心溶融)までの時間が短いことだ。1号機は海水が注入された後、1時間足らずで爆発が起きた。2号機は、放射能の大量放出が起きたのが海水注入後約3時間のことだが、注水が炉心の底付近に到達するまでの時間約2時間を考慮すると、注水後約1時間の出来事となり、冷却水注入から爆発(放射能大量放出)までの時間はほぼ同じとなる。

 溶融炉心(推定温度2000度)から出てくる大量の水素ガスは、圧力容器から出て格納容器の頂部に集まり、その上蓋フランジを加熱して締め付け力を緩めて、ガスの出口を作った。格納容器の外に吹き出た水素ガスは、その圧力で上部にある燃料交換用の遮蔽(しゃへい)プラグ(重量約600トン)を持ち上げ、建屋5階に流入した。

 この5階に至るまでのガスの流入経路は、炉心溶融の起きた1~3号機では、みな同じだ。水素ガスは軽い上に高温なので、上へ昇って格納容器フランジを熱して,締め付けボルトを熱膨張と圧力で延ばして、吹き出し口を作る。

 水素は空気と混合すると爆発性ガスとなる。5階燃料交換室に流入した水素は,広い室内の空気をかき混ぜて混合し、頑丈な原子炉建屋を爆破した。爆発を起こした着火源は、水素ガスの圧力で上部に持ち上げられた遮蔽プラグが落下して、床に落ちたときの衝撃だ。

 1号機の爆発によって、お隣の2号機の原子炉建屋は、密閉壁の一部であるブローダウンパネルが外れた。5階の壁に大きな穴が開いたのだ。この穴から、2号炉の水素ガスは高温の熱気団の状態で、空気と混合しないまま流出したので、爆発は起きなかった。ちなみに水素の爆発範囲は4~75%で、非常に広い。

 その代わり、と書くのも変だが、2号機では高い濃度の放射能を含んだガスが溶融炉心から直接大気中に放出された。

 3号機の爆発状況は、1、2号機と多少異なる。爆発は、1号機と同じ経過でまず5階に起き、瞬時に下階に伝播して、爆轟(ばくごう)と呼ばれる激しい爆発を起こしたと考えられる。下から上へと、黒い爆風が600メートル上空に立ちのぼったというから、爆轟とはすさまじい。原子炉建屋は全体が大きく壊れた。

 水素が下階に流入した理由は、格納容器の気密に問題があったと言われており、格納容器の圧力データにも圧力が4~5気圧上昇すると漏れが生じていたと思われるデータも残されている。

 加えて、冷水注水から爆発までの時間が丸1日以上も有り、非常に長い。この間、格納容器の内部に溜まっていた水素ガスの漏れが続き、原子力建屋の地階には水素ガスが大量にたまっていた。この漏出ガスが地階での爆発を起こし、3号機の被害を大きくした。

 4号機の爆発は、この3号機の原子炉建屋に溜まっていた水素ガスが、長時間かけて4号機の原子炉建屋に逆流洩入したことが、東電の綿密な調査で判っている。いわば、3号機の「そば杖」を食らった形の爆発だが、その分水素ガス量は少なく、従って爆発は弱く、水素爆発としては、比較的明確にデータが残っている。

 爆発は4階で起きた。4階の天井と床に爆心跡がくっきりと残っている。着火源は、換気ダクトの熱膨張による座屈折損で、この証拠も残っている。この4階での爆発が上に伝播して、5階が爆発した。この爆発の様相は、3号機とは全く正反対だ。

 5階の爆発は、原子炉建屋の密閉壁が押し倒されたような格好で崩落していた。軽い水素が天井付近に集って濃くなり爆発したので、爆発の力は壁の上部にだけ作用したのであろう。

 この爆発はテレビに捕らえられていた。爆発の瞬間、閃光(せんこう)が天井付近を横に走ったのが見えた。軽い水素は、天井付近に溜まって爆発性ガスと化すため横に走るのであろう。米国で、水素爆発は横に走ると教わったが、こんな知見をどこで米国は入手したのであろうか。

 4号機は、炉心から燃料を取り出した直後の状態であった。従って、停電で冷却手段を失った貯蔵プールでは、燃料が出す崩壊熱で水が沸騰しており、この熱で室温が極端に上昇していた。この高い温度の空気が5階の大広間から4階に降りて、複雑に敷設されたダクトを熱膨張で折損させたのが4号機の爆発の原因だ。詳細は割愛する。

 ご覧のように、水素爆発は全て理詰めで説明できるが、その破壊の状況はすさまじく、爆発の道筋の痕跡すら滅多に残さない。これは、今売り出し中の水素エネルギーの安全課題でもある。出自が同じ水素だから、恐ろしさも激しさも同じだ。

 となれば、今のうちによく勉強して対策を準備しておくことだ。勉強の対象は福島発電所、お手本は身近にある。水素エネルギーを目指す人は、まず事故現場の見学から始めてはどうか。

電気新聞2016年7月1日

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東京電力・福島第一原子力発電所事故から7年。石川迪夫氏が2014年3月に上梓した『考証 福島原子力事故ー炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』は、福島原子力事故のメカニズムを初めて明らかにした書として、多くの専門家から支持を得ました。石川氏は同書に加え、電気新聞コラム欄「ウエーブ・時評」で、事故直後から現在まで、福島原子力事故を鋭い視点で考証しています。このたび増補改訂版出版を記念し、「ウエーブ・時評」のコラムから、事故原因究明に関する考察を厳選し、順次掲載していきます。