人工知能(AI)やロボティクス、ブロックチェーンなど新たなデジタル技術が普及したデジタル社会。この項ではデジタル社会における新しいエネルギー産業を、少し近未来的な観点から考察する。初回は新たな“スマートシティ”のコンセプトとその中でのエネルギーインフラの将来像を議論したい。

 文明評論家のJ・リフキンは、その著作である「限界費用ゼロ社会」において、通信ネットワーク、自動化された輸送・物流ネットワーク、そしてデジタル化された分散電源ネットワークが新しい社会のインフラとなった未来社会を予測している。実現はもう少し先になりそうだが、その一片は既に新しい都市開発の中に見ることができる。例えば、都市のオープンデータから生活環境の向上を図る“レスポンシブ・シティー”や、デジタルプラットフォームを使いニーズに合った移動手段を提供する“アクセシブル・シティー”などが研究機関や建築家の間で真剣に議論されている。

 またアクセンチュアが“リビングサービス”と呼ぶ、消費者の状況を理解して最適な意思決定を自動で行うデジタルサービスも進んでいる。宅内では、個人の生活習慣や体調に基づいた照明・テレビ・室温の管理が自動で行われ、外出する車内や旅行先のホテルでもテレビの続きや状況に即した娯楽が提案される。

トロントで進むスマートシティープロジェクト「キーサイド」

図1新たな都市開発の構成レイヤー出典: Sidewalk Toronto “SIDEWALK LABS Vision Sections of RFP Submission” ページ38から抜粋
図1 スマートシティープロジェクト「キーサイド」における都市開発の構成レイヤー
出典: Sidewalk Toronto “SIDEWALK LABS Vision Sections of RFP Submission” ページ38から抜粋

 このようなコンセプトは、渋滞や街灯の管理など、まちづくりにも拡張可能である。その実例として、グーグルの親会社であるアルファベット傘下のサイドウォーク・ラボが取り組む、カナダのトロント市におけるスマートシティープロジェクト「キーサイド」を紹介したい。湖沿いの地区を再開発し、将来、自動運転技術を使ったロボットタクシーが運行し、様々な場所に設置されたセンサーのデータを使って最適な公共サービスや公共空間を提供する計画だ。

 このプロジェクトの特筆すべき点は、新しい都市構造を提案しているところだ。デジタル層と物理層を重ね合わせ、物理層を、(1)建物、(2)モビリティ、(3)公共空間、(4)インフラ――に区分し、それぞれ新しい開発コンセプトを打ち出している(図1)。具体的には、建物をモジュール化・3Dプリンティングで低コストに建設し、生活に必要な店やサービスを集約させることで歩行者やバイクを中心とした利用をデザインする。そして利用者の動線を含め可変的・動的な公共空間を提供する。

 さらに、インフラ層では、配電網や水道管、通信網などを一元管理する公益サービスネットワークが提案されている。日本の都市部で普及している共同溝をさらに大きくしたような公益サービス用の地下道ネットワークであり、物流・ゴミ収集網も兼ねている。物理的にアクセスが容易なため、かつてインターネット回線が追加されたような変化が再び起きても、柔軟にインフラをアップデートできる(図2)。

図2 キーサイドの公益サービスネットワーク 出典: Sidewalk Toronto “SIDEWALK LABS Vision Sections of RFP Submission” ページ48から抜粋
図2 キーサイドの公益サービスネットワーク
出典: Sidewalk Toronto “SIDEWALK LABS Vision Sections of RFP Submission” ページ48から抜粋

エネルギーインフラの未来は、デジタルの専門家とのコラボで拓かれる


 エネルギー利用はこれらの層を通じて管理される。消費側は太陽光の熱を最大限取り入れつつ室内の自動温度調節器で徹底して省エネし、供給側では分散型電源・蓄電を軸に都市内の小規模エネルギーネットワーク(マイクログリッド)により最適な調整をする。

 既に動きだしている新たな都市インフラの構造を見るに、エネルギーインフラの未来は、エネルギー業界の専門家だけでは開けないのかもしれない。サイドウォーク・ラボを率いるダン・ドクトロフは、ウェブマガジン『WIRED』で、「都市計画を担当している人は、実のところテクノロジーを理解していないのです。そして技術者も、都市というものを理解しきれていません」と述べている。未来を切り拓くには、エネルギーインフラを含む都市計画の専門家とデジタル技術の専門家がワンチームになったサイドウォーク・ラボのような新業態の登場が期待される。

【用語解説】
◆リビングサービス
消費者の暮らしにおけるニーズや嗜好を学習、それぞれに合ったものを提供するデジタルサービス

◆3Dプリンティング
平面の印刷ではなく、3Dデータから立体の製品を“プリント”する機能

電気新聞2018年4月23日