<<前回へ

バナー_石川迪夫_福島原発

電気新聞2015年7月14日掲載のコラムを加筆・修正しています

 拙著『考証 福島原子力事故 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』を発刊してから1年余りが経つ。本書は、炉心溶融が燃料被覆管のジルコニウムと水との酸化反応熱によって起きたことを軸に、東京電力が残してくれた事故データを読み解いて、事故の経緯を考証した書である。

 出版当時は、炉心溶融が燃料棒と水との化学反応により始まるとする主張に、目から鱗が落ちる新説などと、幾分疑いを含んだ批評が多く寄せられたが、時と共に珍しさも薄れて、今は真摯な勉学による理解が進んでいる。本書の英文版も、シュプリンガー社から近く出版される予定である。<編注:2015年7月『A Study of the Fukushima Daiichi Nuclear Accident Process』として出版>

 世の顰蹙(ひんしゅく)を買いやすい言葉だが、福島事故は、まさに(設計)想定外の事故であった。従って、我々が経験したことのない新しい現象が多く発生し、ここから得られた新知識は少なくない。逆に、これまで常識とされてきた原子力知識で、改められるべきものもある。これらを整理抜粋して、「福島事故が教える原子力新常識」と名付けた。今後、本欄で逐次紹介していく。

 今回はその第1話「炉心溶融は化学反応熱で起きた」である。

 原子力関係者の多くは、炉心溶融は原子炉の崩壊熱で起きたと常識的に考えているが、これが間違いの元で、溶融の原因は化学反応にある。その証拠に、溶融した原子炉は反応の副産物である水素によって、全てが大爆発または水素の大量放出を起こしている。

 自嘲を籠めて言えば、原子力は新技術の習得にかまける余り、既存の化学反応への注意に欠けていた。

 さてその証明は、これから述べる炉心溶融の経緯が自ずと示してくれる。その1番手が2号機。溶融が始まった時、原子炉には冷却水がまだ沢山残っていた。炉心の温度は高かったものの、水の蒸発によって冷やされ続けていたので、溶融にはほど遠い状態にあった。ところが、蒸発によって減少する冷却水を補給するために海水注入を始めた1時間後に、炉心溶融は起きた。

 3号機の事故経緯は複雑だが、炉心溶融が起きた時の状況は2号機と同じだ。冷却強化のための海水注水の後に、溶融が起きている。40年昔のTMI<編注:米・スリーマイル島原子力発電所>事故もそうであった。同事故では、一次冷却水ポンプを起動して冷却水を注入した途端に、炉心溶融が起きた。

 これだけ炉心溶融の状況が類似の事例が揃うと、崩壊熱で炉心が溶けたとは言えなくなる。崩壊熱で炉心が溶融するのであれば、過熱された炉心は冷却水の注入によって冷えこそすれ、溶融する理由はない。水を入れたことで、何らかの別の発熱が炉心に誕生したと考えるのが普通だ。

 事故状況から見て、真っ先に浮上して来るのが、高温の被覆管ジルカロイ<編注:ジルコニウム合金のこと>と水との酸化反応熱だ。この酸化反応は激しく、発熱量は十分炉心を溶かすほど大きい。

 激しい反応が起きるには、ジルカロイ温度が千数百度以上であること、反応に必要な水が十分あることの2つが、必要な条件である。これを逆に見れば、この化学反応条件2つが揃えば炉心溶融が起きるし、条件から外れていれば溶融は生じない。この化学の常識が原子力をやる人には案外の盲点となっている。

 さて、説明が最後となった1号機は、圧力容器の水が完全に蒸発して炉心が空焚き状態になってから、約15時間後に水素爆発が起きた。爆発は水素爆発であるから,水素の発生原因は酸化反応であり、この反応熱で炉心が溶融したことに疑いはない。

 事故データは、爆発の直前にベントが開いて格納容器の圧力が急落したことを示している。この結果、消防ポンプの吐出水量が急増して、原子炉への水の流入が急増したため、酸化反応が活発となった。1号機の炉心溶融、爆発も、子細に見ると、2、3号機と同様に、ジルコニウムと水との酸化反応が原因だ。

 以上の考証結果から、軽水炉の炉心溶融の原因は、全て化学反応熱に起因することが分かる。繰り返すが、炉心溶融は化学反応で起きる、これが福島事故の教える原子力新常識の出発点だ。

 事故という大きな代償を払っての新知識は、これ一つではない。この知識を下敷きに、本欄では事故の経緯を考証しながら、新しい原子力安全常識を更に発掘してゆく。

電気新聞2015年7月14日

※『考証 福島原子力事故 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』の増補改訂版に、この内容が詳しく書かれています。
 

次回へ>>

 


 

東京電力・福島第一原子力発電所事故から7年。石川迪夫氏が2014年3月に上梓した『考証 福島原子力事故ー炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』は、福島原子力事故のメカニズムを初めて明らかにした書として、多くの専門家から支持を得ました。石川氏は同書に加え、電気新聞コラム欄「ウエーブ・時評」で、事故直後から現在まで、福島原子力事故を鋭い視点で考証しています。このたび増補改訂版出版を記念し、「ウエーブ・時評」のコラムから、事故原因究明に関する考察を厳選し、順次掲載していきます。