陸で魚を育てる「陸上養殖」は、電力(Power)を食品(Food)に変換(transform)し、テクノロジーによって管理・制御ができる、今注目の新たな技術である。「インフラ×情報通信」は、電力会社、エネルギー業界にとって馴染みがある組み合わせだ。ある種インフラといえる「食」を情報通信により高度に産業化できれば、電力・エネ業界に親和性のある新たな事業分野を切りひらけるはずだ。ここでは、連載の最後に、今後の事業拡大に向けて、どのようなことが考えられるか、完全閉鎖循環式陸上養殖の将来展望と合わせてご紹介する。
イメージを変える
これまで2回にわたって、海幸ゆきのやの屋内型エビ生産システムにおける、省エネなどのハードウエア的な技術と、DXを導入したソフトウエア的な技術について、詳しく紹介してきた。皆さんが想像していた養殖の現場、あるいは抱いていた水産業のイメージが、少し変わったのではないだろうか。実際、海幸ゆきのやの施設をご覧になって、「こんなに大掛かりな設備だとは思わなかった。我々の遊休地をうまく活用できるのでは」「工場のように管理・制御が行き届いていて驚いた。我々が本業で培った技術をうまく生かせるのでは」「まさに、魚を獲るのではなくつくっている現場だ。新しい事業として我々もチャレンジしてみたい」と感想を述べられる方は少なくない。
そこで、関西電力グループが目指すのが、完全閉鎖循環式陸上養殖の産業化だ。産業化とは、土地や資機材の提供者、養殖技術やユーティリティーの提供者、養殖事業者などが多数参入し、複数のコンソーシアムが形成され収益を生み、これが一つの産業として構築されている状態を指す。関電グループは、遊休地や廃熱利用などのアセット提供のみならず、海幸ゆきのやで培った生産~販売ノウハウの展開、K4DによるIoT/AI技術を活用した養殖技術サポート、パートナー会社のIMTエンジニアリングによる養殖プラント設計、そしてグループで強力に推し進める脱炭素にも貢献する太陽光やバイオマスなどの再生可能エネルギーとの組み合せ提案など、コンソーシアム形成に、様々なソリューションを提供できる可能性がある。
産業化は国内にとどまらない。欧米では、育った環境、摂取した餌などが分からない水産物は受け入れない、そういう考え方が普及しつつある。また、日本はもちろん海外でも、農業や畜産業と同じく、品種の改良や餌による味質の向上を通じ、食べる人に多くの選択肢を与えることが望まれつつある。さらに、海のない国でも、水産物を自給自足したいというニーズが高まりつつある。これらの課題を解決する手段として、陸上養殖は大きな可能性を秘めている。
経営資源を最大限
日本に古来からある魚食文化という「あたりまえ」が、海外でも「あたりまえ」になる日もそう遠くはない。この「あたりまえ」を守りつくるには、豊富な魚種を誇り旬がある天然モノ、味や価格が安定し年中食卓に並べられる海面養殖に加え、陸上養殖が不可欠になるだろう。安全・安心な水産物を将来にわたって安定して提供できる陸上養殖の未来は明るい。これを牽引するのは、これまでもあらゆる分野で持ち得る経営資源を最大限活用して、地域社会に価値を提供し、様々な課題を解決してきた電力会社であり、エネルギー業界全体なのかもしれない。
(全4回)
電気新聞2022年10月31日